最近の研究成果

非コードRNAの転写を介した新たな遺伝子発現制御機構を発見


浜本 航多(東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程)
梅村 悠介(東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 修士課程)
牧野 支保(東京大学定量生命科学研究所 附属生命動態研究センター 遺伝子発現ダイナミクス研究分野 助教)
深谷 雄志(東京大学定量生命科学研究所 附属生命動態研究センター 遺伝子発現ダイナミクス研究分野 准教授)

発表概要


【ポイント】
  • エンハンサーと呼ばれるゲノム中の調節領域における非コードRNAの転写と、遺伝子からの転写を1細胞解像度でリアルタイムに検出する新規実験系を開発しました。
  • エンハンサー上で非コードRNAの転写が起こることで、遺伝子の発現が抑制されるという新たな仕組みを世界に先駆けて発見しました。
  • 遺伝子発現や細胞運命を制御する新たなゲノム技術の開発や、疾患の発症メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

遺伝子発現の第一段階は、DNAを鋳型としてタンパク質の設計図となるmRNAを合成する転写反応です。この転写反応の活性を制御する上で中心的な役割を担っているのは、エンハンサー(注1)と呼ばれるゲノム上の調節領域です。近年、エンハンサーはタンパク質の設計図としての情報を持たないにも関わらず、自身から非コードRNA(注2)を転写するという興味深い特徴を持つことが明らかとなってきました。しかし、エンハンサー上における非コードRNAの転写がどのように遺伝子の発現制御に寄与するのかについては、これまで十分に理解されていませんでした。

今回、東京大学大学院総合文化研究科の浜本 航多 大学院生、東京大学定量生命科学研究所の深谷 雄志 准教授らの研究チームは、ショウジョウバエ生体内において、エンハンサーからの非コードRNAの転写と遺伝子からのmRNAの転写の両者を同時かつ1細胞解像度で可視化するライブイメージング手法を新たに確立しました。詳細な解析の結果、エンハンサー上で非コードRNAの転写が起こることにより遺伝子領域からの転写量が抑制される、という新たな仕組みを発見しました。さらに、エンハンサー上における非コードRNAの転写は、エンハンサーの機能発揮に必要な転写因子の呼び込みを物理的に妨害することを解明しました。以上の成果は、生物がもつ精緻な遺伝子発現制御システムの一端を解き明かす画期的な成果です。

発表内容

生物は、発生タイミングや周囲の環境変化に応じて、遺伝子の発現量を緻密に制御しています。特に、遺伝子配列からタンパク質の設計図であるmRNAを合成する転写反応の時間的・空間的な活性制御においては、エンハンサーと呼ばれるゲノム上の調節領域が中心的な役割を担っています。エンハンサーは転写因子と呼ばれるタンパク質と結合することで、その機能を発揮することが知られています。興味深いことに、エンハンサーはタンパク質の設計図としての情報を持たないにも関わらず、自身から非コードRNAを転写していることが近年の網羅的なゲノム解析により明らかとなってきました。エンハンサーからの非コードRNAの転写は、線虫やショウジョウバエ、ヒトを含む様々な生物種において見られることから、進化的に保存された普遍的な仕組みであると考えられています。しかし、エンハンサーからの非コードRNAの転写がどのように遺伝子領域からの転写活性に影響を及ぼすのかという生物学的意義については、これまで十分に理解されてきませんでした。その最大の原因として、生体内において遺伝子領域およびエンハンサー領域からの転写活性を1細胞解像度で定量的に可視化する手法が存在しなかったことが挙げられます。

そこで本研究では、MS2/MCPおよびPP7/PCPシステム(注3)と呼ばれる最先端の転写可視化技術を応用することにより、生きたショウジョウバエ初期胚において、遺伝子領域とエンハンサー領域からの二つの異なる転写反応を同時に可視化できるライブイメージング手法を新たに確立することに成功しました(図1)。本技術とゲノム改変技術を組み合わせることにより、エンハンサーでの非コードRNAの転写が強く起こるほど、反対に遺伝子領域からの転写活性が低下するという、負の相関関係が存在することを見出しました。さらに、エンハンサーにおける転写の方向性や発生位置の変化が及ぼす影響について詳細な解析を行ったところ、転写を担う酵素であるRNAポリメラーゼIIがエンハンサー内部を通過する場合においてのみ、遺伝子発現の抑制が起こることを突き止めました。

図1:MS2/MCPおよびPP7/PCPシステムを組み合わせることで、エンハンサーと遺伝子領域からの転写活性を同時かつリアルタイムに1細胞解像度で定量することが可能になりました。

 

次に超解像顕微鏡と定量画像解析を組み合わせ、RNAポリメラーゼIIがエンハンサー内部を通過する際にどのような分子レベルでの変化が起こるのかを解析しました。ゲノム編集技術を用いて、エンハンサーに結合する転写因子を蛍光標識したところ、RNAポリメラーゼIIが通過する際にエンハンサー上における転写因子の局所濃度が低下していました。以上の結果から、エンハンサー上で非コードRNAを転写するRNAポリメラーゼIIは、エンハンサーの機能発揮に必要な転写因子の集合を妨害することで、遺伝子発現を抑制していることが初めて明らかになりました(図2)。

図2:転写調節領域であるエンハンサー上をRNAポリメラーゼIIが進行することにより、転写因子の集合が妨害され、その結果として遺伝子領域からの転写活性化が抑制されることが明らかになりました。

 

さらに、初期発生遺伝子を制御している内在のエンハンサーをゲノム編集技術によって改変したところ、エンハンサー上での非コードRNA転写の発生によって、遺伝子領域からの転写が劇的に減少しました。したがって、本研究により明らかとなったエンハンサー上における非コードRNA転写を介した遺伝子発現の抑制は、内在のゲノムにおいても同様に起こることが実験的に確かめられました。

これまで、エンハンサー上での転写については、単なる現象論としての理解に留まってきました。今回の成果は、エンハンサー領域からの非コードRNA転写のもつ生物学的機能とその分子作用機序を世界に先駆けて明らかにした点において画期的な研究成果であると言えます。本研究は、生物がもつ精緻な遺伝子発現制御システムの解明に大きく貢献するものであり、将来的には遺伝子発現や細胞運命を制御する新たなゲノム技術の開発や、疾患の発症メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

用語解説

注1)エンハンサー
標的遺伝子の転写活性を制御するゲノム上の調節領域。転写因子との結合を介して、転写に必要なタンパク質群を遺伝子領域に呼び込む働きをもつ。

注2)非コードRNA
非遺伝子領域から転写され、タンパク質に翻訳されないRNAの総称。一部の非コードRNAは遺伝子発現制御に寄与することが知られているが、非コードRNAの転写という現象そのものがどのように近傍の遺伝子の転写活性に影響を及ぼすのかについては未解明であった。

注3)MS2/MCPおよびPP7/PCPシステム
MS2およびPP7と呼ばれる特殊な RNA配列と、MCPおよびPCPと呼ばれるタンパク質の相互作用を利用した可視化技術。MS2/PP7配列に由来する新規合成RNA量を、MCP/PCPと蛍光タンパク質の融合タンパク質によって個別に可視化することができる。生きた細胞における遺伝子発現を直接検出できる利点がある。

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雑誌名等

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Dynamic interplay between non-coding enhancer transcription and gene activity in development

著者:Kota Hamamoto, Yusuke Umemura, Shiho Makino, Takashi Fukaya*

DOI番号:10.1038/s41467-023-36485-1

URL:https://doi.org/10.1038/s41467-023-36485-1

問い合わせ先

深谷 雄志(ふかや たかし)

東京大学定量生命科学研究所 遺伝子発現ダイナミクス研究分野 准教授