最近の研究成果

細胞老化を促進し寿命を制限するメカニズムを解明


横山 正明(東京大学定量生命科学研究所附属生命動態研究センター ゲノム再生研究分野・特任研究員)
佐々木 真理子(東京大学定量生命科学研究所附属生命動態研究センター ゲノム再生研究分野・講師)
小林 武彦(東京大学定量生命科学研究所附属生命動態研究センター ゲノム再生研究分野・教授)

発表概要


【ポイント】
  • リボソーム遺伝子(rDNA)の不安定化に関与している老化遺伝子を同定しました。
  • 転写伸長因子Spt4は、加齢に伴いリボソーム遺伝子上の非コードRNAの転写を促進し、rDNAの不安定化および細胞老化を促進することを発見しました。
  • 本研究成果は、老化に関連する疾患の原因解明および治療への足掛かりになることが期待されます。

個体が老化(注1)する原因の1つとして、細胞老化(注2)が考えられています。出芽酵母(注3)は、これまで細胞老化のメカニズムを明らかにする上で重要なモデル生物として、広く利用されてきました。この出芽酵母の寿命に影響を及ぼす原因の1つとして、ゲノム中で最大の脆弱部位(壊れやすい部位)であるリボソームRNA遺伝子(rDNA)の不安定化(注4)に起因することが知られていますが、その詳細なメカニズムは未だ解明されていません。

東京大学定量生命科学研究所の横山正明特任研究員、佐々木真理子講師、小林武彦教授らの研究グループは、rDNAの不安定化を介して老化を誘導する遺伝子を特定するために、長寿欠損株のrDNAの安定性を網羅的に解析しました。その結果、転写伸長因子Spt4(注5)の遺伝子(SPT4)を欠損した株では、大幅なrDNAの安定性の増加によって、寿命が延長していることを発見しました。また、その表現型を示す原因として、rDNA上の非コードプロモーター(E-pro)(注6)の転写活性が低下していることを発見しました。加えて、加齢と共にSpt4の発現量が増加することで、E-proの転写活性がより増強され、細胞老化を加速し寿命を制限させることが観察されました。

以上の発見から、Spt4は、rDNAを不安定化させることで細胞老化を促進させる老化因子として機能していることが判明しました。本成果は、ヒト細胞の老化のメカニズム解明および老化に関連した疾患への治療に応用されることが期待されます。

本研究成果は、米国のCell Press社が発行する『Cell Reports』に2023年1月10日(米国東部時間)に掲載されました。

 

発表内容

個体老化の原因として、老化した細胞の蓄積による組織の恒常性の破綻に起因することが考えられています。しかし、細胞老化の分子メカニズムは未だ不明なことが多く、そのメカニズムを解明することが期待されています。

出芽酵母は、飼育しやすくかつ短命などの利点から、これまで多くの細胞老化研究に利用されてきました。出芽酵母の寿命に影響を及ぼす原因として、リボソームRNA遺伝子(rDNA)の不安定化があります。rDNAは、タンパク質合成に関連するRNAおよび特徴的な配列を保持した巨大な反復遺伝子群を形成しています。このゲノム領域では加齢と共にrDNAの遺伝子数が変動(不安定化)することが判明していました。しかし、その詳細な分子メカニズムは不明なままでした。

本研究では、出芽酵母を用いて、rDNAの不安定化を介した細胞老化誘導機構を解明しました。

まず、rDNAの不安定化を介して細胞老化を誘導する遺伝子(老化促進因子)の同定を試みました。老化促進因子となる遺伝子が欠損した株では、rDNA が安定化し、寿命が延長する表現型が考えられました。そこで、欠損株の寿命を網羅的に測定した先行研究 (McCormick M et al. Cell Metab 2015)およびゲノムデータベースを基に候補遺伝子が欠損した長寿株を作製し、定量的にrDNAの安定性を評価しました。その結果、転写伸長に関与する遺伝子SPT4が欠損した株では、rDNAが顕著に安定化していました。従って、Spt4はrDNAの不安定化に関与することが判明しました。

次に、どのようなメカニズムによって、Spt4はrDNAの不安定化に寄与しているのか探索しました。その結果、SPT4が欠損した株では、rDNAの不安定化に関与する非コードロモーター(E-pro)の活性が抑制されていることが判明しました。また、E-proからの転写抑制に関与するヒストン脱アセチル化酵素Sir2(注7)との二重欠損株を作製し、それら株のrDNAの安定性および寿命を解析しました。その結果、Spt4とSir2は相反して、rDNAの安定性および寿命を制御することが判明しました。

さらに本研究において、SPT4が欠損した株で観察された寿命延長やrDNAの安定化の表現型は、E-proからの転写活性によるものかどうかを検証しました。この目的のために全てのrDNA上のE-proを取り除いた株を用い、SPT4欠損によるrDNAの安定性および寿命を解析しました。その結果、E-proを取り除いた株ではSPT4欠損による影響が見えなくなることから、Spt4はE-proからの転写を介して、rDNAの不安定化および細胞老化を促進し寿命を制限していることが判明しました。

最後に、老化細胞におけるSpt4の役割を探索するために、老化細胞収集法(注8)によって、老化細胞の回収および解析を行いました。その結果、加齢に伴ってSpt4が増加すると共に、E-proからの転写活性を促進していることが判明しました。

Spt4およびrDNAはヒトでも保存されていることから、本研究成果で得られた知見は老化に関連する疾患の原因解明および治療への足掛かりになることが期待されます。

図:細胞老化に伴うrDNA上の非コードプロモーター(E-pro)の転写制御
若い細胞では、Sir2が多く存在する事から、E-proからの転写活性は低い状態にあります。加齢するにつれて、Spt4の発現量が増加しE-proからの転写活性は高い状態になります。その結果、rDNAの不安定化および細胞の老化を誘導し、寿命が制限されます。

用語解説

(注1)個体の老化: 時間の経過と共に生じる生体機能の低下と定義されている。

(注2)細胞老化:様々な要因によって誘導される細胞周期の停止。一定回数の細胞分裂を経ると誘導される。近年、老化細胞の蓄積および分泌物が臓器の機能不全および個体の老化を連鎖的に引き起こすと考えられている。

(注3)出芽酵母:真核単細胞生物であり、ヒトの細胞と同様の制御機構が多く保存されていることから、モデル生物として広く利用されている。老化分野においても、老化現象が観察されると同時に短命であることから、発展に大きく貢献してきた。

(注4)リボソームRNA遺伝子(rDNA)の不安定化:タンパク質合成装置であるリボソームを構成するRNA遺伝子および非コード配列からなる。生命の生存に必須であることから、様々な生物において保存されている。出芽酵母では、第12番染色体に約150コピーの配列が直列に繰り返し並んだ巨大な反復遺伝子群を形成している。また、出芽酵母のrDNAでは、遺伝子の数が変動しやすいため、不安定なゲノム領域となっている。

(注5)Spt4:転写を伸長する機能がある因子。SPT4はその遺伝子を示す表記。RNAポリメラーゼが転写の最中に一時停止した際に、その障害を解消させ、転写を促進する。また、ヒトでは、DSIFという転写因子として保存されている。

(注6)rDNA上の非コードロモーター (E-pro): 双方向性非コードプロモーター。主な機能として、rDNA のコピー数が減少したときに発現が誘導され、遺伝子の増幅を誘導する。また、加齢に伴っても転写が活性化することが報告されている。

(注7)Sir2:ヒストンに修飾されたアセチル化を取り除く機能がある因子。SIR2はその遺伝子を示す表記。出芽酵母では、SIR2が欠損した株では、rDNAの不安定化および寿命の短縮が観察される。また、E-proからの転写活性を抑制すると同時に、加齢に伴って発現量の減少が報告されている。ヒトでは、サーチュインとして保存されており、長寿遺伝子として注目されている。

(注8)老化細胞収集法:増殖期の若い細胞の細胞壁をビオチンで標識し、液体培養で培養することで老化させる。培養後に、磁性ストレプトアビジンビーズで処理することで老化した細胞のみを回収することができる。

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雑誌名等

雑誌名:Cell Reports

論文タイトル:Spt4 promotes cellular senescence by activating non-coding RNA transcription in ribosomal RNA gene clusters

著者:Masaaki Yokoyama, Mariko Sasaki and Takehiko Kobayashi

DOI番号:10.1016/j.celrep.2022.111944

URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111944

問い合わせ先

小林 武彦(こばやし たけひこ)

東京大学定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野 教授