最近の研究成果

肝線維化のドライバーである活性化肝星細胞を正常な静止期状態に戻す薬剤のスクリーニング系を開発―― ヒトiPS細胞を用いた臓器線維症治療薬の開発――


宮島 篤(定量生命科学研究所 特任教授)
伊藤 暢(研究当時:定量生命科学研究所 特任准教授、現:協力研究員)
木戸 丈友(定量生命科学研究所 特任講師)
中野 泰博(研究当時:定量生命科学研究所 特任研究員、現:金沢大学がん進展研究所 助教)
田中 稔(定量生命科学研究所 准教授 兼 国立国際医療研究センター研究所室長)

発表概要

[発表のポイント]

◆ヒトiPS細胞を用いた臓器線維症治療薬のスクリーニング系を開発した。

◆線維化をもたらす細胞を正常な状態へ戻す薬剤の探索を可能にした。

◆肝硬変のみならず様々な臓器線維症の治療薬の開発に期待。

 

[概要]

肝炎ウイルスやアルコールの過剰摂取、さらに近年増加傾向にある非アルコール性脂肪肝炎などにおいて、障害を受けた肝細胞(注1)は炎症を惹起し、間葉系の肝星細胞(注2)を活性化します。活性化肝星細胞はコラーゲン等の細胞外マトリクスを産生する肝線維症・肝硬変のドライバーとなる細胞です。肝障害が除かれると、活性化肝星細胞は細胞死を起こすか静止期の状態に近い脱活性化状態になることが知られています。東京大学定量生命科学研究所の中野泰博特任研究員(研究当時)、木戸丈友特任講師、伊藤暢特任准教授(研究当時)、宮島篤特任教授、国立国際医療研究センターの田中稔研究室長による研究グループは、ヒトiPS細胞から静止期および活性化肝星細胞への誘導に成功し、活性化肝星細胞を脱活性化し正常な静止期状態に戻す薬剤のスクリーニング系(注3)の開発に成功しました。さらに、このシステムを用いて複数の脱活性化誘導剤を同定しました。これらの成果は、肝移植以外に有効な治療法がない肝硬変やその他の臓器線維症の新たな治療法の確立に貢献します。

発表内容

[研究の背景]

肝炎ウイルス感染、アルコール過剰摂取、非アルコール性脂肪性肝炎(MASH)や薬物摂取など様々な原因による慢性的な肝障害は、しばしば肝線維症を経て肝硬変や肝がんを引き起こします。肝硬変患者は全国で40-50万人と推定されていますが、肝硬変そのものに対する有効な治療薬はありません。肝臓の構成細胞の一つである肝星細胞は、肝細胞の障害に応答して活性化して、コラーゲン等の細胞外マトリクスを産生する肝線維症・肝硬変のドライバーとなります。したがって、肝線維症治療薬としては、活性化肝星細胞を不活化して正常に近い状態である脱活性化肝星細胞へと誘導する薬剤が望まれますが、均一なヒト活性化肝星細胞を安定的に得られないことや、脱活性化状態をモニターする手法がないことが、その開発の妨げとなっていました。

 

[研究内容]

この課題に対して、本研究グループはヒトiPS 細胞から調製した静止期肝星細胞を培養系で増幅し、活性化肝星細胞を大量に調製する技術を確立しました。また、活性化肝星細胞を脱活性化状態へと誘導する化合物群の組み合わせを見出しました。これらの化合物群をコントロールとして、384ウェルプレートを用いて、脱活性化誘導剤のハイスループットスクリーニング系(CV=6.21%、Z’-factor=0.81)(注4)を開発しました。さらに、約4,000種の既知薬理活性物質/既存薬ライブラリー(注5)から、単独で脱活性化を誘導する化合物を複数同定することに成功しました。その中のひとつであるGZD824(Olverembatinib)は、活性化肝星細胞の線維化マーカーを強力に抑制するとともに、肝再生因子の発現を誘導することを明らかにしました。

 

[今後の展望]

脱活性化肝星細胞は、細胞外マトリクスの産生を停止し、PleiotrophinやMidkine等の肝細胞の環境因子を発現します。そのため、脱活性化誘導剤のハイスループットスクリーニング系から同定した化合物は、線維化改善のみならず肝組織の正常化を促進することが期待されます。また、線維化は肝臓のみならず、様々な臓器に起こりますが、その中心となる細胞は活性化肝星細胞と類似した筋線維芽細胞です。したがって、肝線維症の線維化抑制/改善薬は、肺線維症、腎線維症、膵線維症、全身性強皮症等の臓器線維症治療薬として適応拡大が期待されます。

研究助成

本研究は、科研費「組織線維化の筋線維芽細胞におけるリバイバル機構の解明(課題番号:23H03836)」、「遺伝子改変ヒトiPS細胞を利用した新規肝疾患モデルの開発と線維化メカニズムの解析(課題番号:21H02710)」、日本医療研究開発機構(AMED)の「ヒトiPS細胞由来静止期肝星細胞を用いた肝疾患治療薬の開発(JP21bk0104136)」、「全身性強皮症に対する抗線維症活性分子群の創出(JP21ek0109502)」および、ISM株式会社、ロート製薬株式会社の支援により実施されました。

用語解説

(注1)肝細胞:肝臓を構成する主要な細胞で、肝機能の大部分を担う。

(注2)肝星細胞:肝臓の毛細血管である類洞を構成する細胞のひとつで、肝障害に応答し、線維化を促進する。

(注3)ハイスループットスクリーニング:多数の候補化合物から治療薬となり得るものを選び出す操作。

(注4)CV値、Z’-factor:CV値は測定値のばらつきの指標であり、スクリーニングでは概ね10%以内が求められる。Z’-factorは、アッセイ系の質の目安となる数値であり、スクリーニングでは0.5以上が求められる。

(注5)ライブラリー:大規模医薬品候補化合物のセット。

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雑誌名等

雑誌名:Scientific Reports

題 名:Development of a high throughput system to screen compounds that revert the activated hepatic stellate cells to a quiescent-like state

著者名:Yasuhiro Nakano, Eiko Saijou, Tohru Itoh, Minoru Tanaka, Atsushi Miyajima, Taketomo Kido*(*は責任著者)

DOI: 10.1038/s41598-024-58989-6

URL: https://www.nature.com/articles/s41598-024-58989-6

 

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学定量生命科学研究所
特任講師 木戸 丈友(きど たけとも)
Tel:03-5841-7889 E-mail:kido@iqb.u-tokyo.ac.jp

東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
Tel:03-5841-7813 E-mail:soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp