最近の研究成果

DNA鎖の「よじれ」に対処するメカニズムの発見――Smc5/6複合体は正の超らせんDNAを認識する分子モーターである――


クリスチャン イェロフ ヤポセン(定量生命科学研究所 講師)
須谷 尚史(定量生命科学研究所 准教授)
白髭 克彦(定量生命科学研究所 教授)

発表概要

発表のポイント

◆遺伝子転写装置(RNAポリメラーゼII)の下流に生じるDNA鎖の「よじれ」が分子モーターであるSmc5/6複合体によって認識されることを発見しました。

◆よじれの蓄積したDNA領域は細胞核内でループ状の構造にまとめられるというモデルを提唱しました。

◆がんの発生や老化を防ぐために細胞がもっている仕組み(ゲノム維持機構)の理解に貢献することが期待されます。

 

 

概要

東京大学定量生命科学研究所のクリスチャン イェロフ ヤポセン講師、須谷 尚史准教授、白髭 克彦教授らの研究グループは、スウェーデン・カロリンスカ研究所のカミラ ビヨルケグレン教授およびドイツ・マックスプランク研究所のユージン キム グループリーダーらの研究グループと共同して、細胞核内のDNA鎖に生じるよじれを細胞が認識・処理する仕組みを明らかにしました。

本研究では、Smc5/6タンパク質複合体が結合しているゲノム上の部位は、正の超らせん(注1)と呼ばれるDNAのよじれが蓄積している箇所であることを、分子生物学実験と数理モデリングを組み合わせて明らかにしました(図1)。精製したSmc5/6複合体が正の超らせんDNAを認識することを一分子観察(注2)で直接可視化することにも成功しました。Smc5/6がゲノムの維持に必須な因子であることから、DNA鎖のよじれをうまく処理できないと細胞にとって致死的な結末をもたらすことが想像されます。この結果は、がんや細胞老化がどのようなメカニズムで起きるかの理解に貢献することが期待されます。

 

図1:遺伝子転写の下流に生じるDNA鎖のよじれ(正の超らせん)はSmc5/6複合体によって認識され、処理される

 

本研究成果は、2024年1月30日午前11時(米国東部標準時間)に米国Cell Press社の発行するMolecular Cell誌に掲載されました。また本成果は、2023年度に研究・教育活動において相互に協力し合うことを東京大学とカロリンスカ研究所の間で合意したLetter of Intentに基づき開始された「UTokyo-KI LINKプログラム」に基づくものです。

 

発表内容

[研究の背景]

Smc5/6複合体は、細胞核内のDNAの折りたたみを担うSMC複合体(注3)の一つです。SMC複合体はATP加水分解を動力源とする分子モーターであると考えられていますが、本論文の著者でもあるカミラ ビヨルケグレン教授およびユージン キム グループリーダーらの研究グループは精製したSmc5/6複合体が実際に分子モーターであり、DNA鎖に結合するとそこにループ状の折りたたみ構造を導入することを近年報告しました(文献1)。Smc5/6複合体が機能しない細胞では核内DNAが不安定になり、無用な組み換え反応を起こして欠失や転座などの構造的変異を引き起こしやすくなることが知られています。すなわち、Smc5/6複合体はゲノム維持機構に必要な因子であるといえます。しかし、Smc5/6複合体のもつループ導入活性がどのようにゲノム維持のために使われているかは全く不明でした。

[研究内容]

白髭克彦教授とカミラ ビヨルケグレン教授の共同研究グループは、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を対象にSmc5/6複合体が核内DNAのどの部位に結合しているかを長年解析してきました(文献2、3など)。本研究では、分裂期中期(注4)に停止させた野生株(注5)細胞中でSmc5/6複合体が結合している箇所をChIP-seq法(注6)で測定し、結合箇所に共通する性質を数理モデリングなどの手法を用いて詳細に解析しました。その結果、Smc5/6複合体は遺伝子転写の下流に発生するDNA鎖の正の超らせんが蓄積している箇所に結合しているという仮説を得ました。この仮説の正しさは、核内DNA上の正の超らせんレベルを全体的あるいは局所的に操作した様々な酵母細胞を用いた実験によって立証することができました。さらに本研究グループは、精製したSmc5/6複合体を用いた試験管内の実験も行いました。一分子観察により、Smc5/6複合体は正の超らせん状態のDNA部位に選択的に結合すること、結合部位に大きなループ構造を導入すること、その結果DNA鎖上に存在した正の超らせんを一つのループ内にまとめ上げることができることを見出しました(図2)。以上の結果から、Smc5/6複合体は転写に起因する正の超らせんを認識し、その部位にDNAループを導入するという役割を果たしているというモデルを提唱するに至りました。

 

図2:一分子観察による解析結果

(A) DNA鎖に生じた正の超らせん部分(濃い青色部分)にSmc5/6複合体(赤色)は選択的に結合し、その上を移動する。(B) 想像されるSmc5/6複合体の機能。結合部分のDNAループのサイズを大きくしていくことで、周囲に存在するDNAのよじれを一箇所に集める働きをしていると考えている。

 

[将来の展望]

遺伝子転写によってDNA鎖に正の超らせんというよじれが生じることは古くから知られていました。本研究は、正の超らせんを認識するタンパク質が細胞核中に存在すること、正の超らせんへの適切な対処がなされないことで核内DNAが不安定になる可能性があることを示した点に意義があります。本研究を契機にDNA鎖のよじれに着目した研究が活発化することが期待されます。Smc5/6複合体はがんの発生や老化を防ぐ役割をもつことがマウスの実験で示されています。また、ある種のウイルスの細胞内での増殖を防ぐ役割も報告されています。本研究成果は、医学的観点からも興味深い対象であるSmc5/6複合体について、その理解を大きく前進させるものだと考えられます。

 

[文献]

1、Nature (2023) 616:843–848

2、Nature (2011) 471:392–396

3、PLoS Genetics (2014) 10:e1004680

 

〇関連情報:

「プレスリリース:DNAから染色体を作るレシピ」(2015/7/23)

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00405.html

 

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雑誌名等

雑誌名:Molecular Cell

題 名:Loop-extruding Smc5/6 organizes transcription-induced positive DNA supercoils

著者名:Kristian EL Jeppsson*, Biswajit Pradhan, Takashi Sutani, Toyonori Sakata, Miki Umeda Igarashi, Davide Giorgio Berta, Takaharu Kanno, Ryuichiro Nakato, Katsuhiko Shirahige, Eugene Kim*, Camilla Björkegren*(*は責任著者)

DOI:  10.1016/j.molcel.2024.01.005

URL:  https://doi.org/10.1016/j.molcel.2024.01.005

 

研究助成

本研究は、科研費「機能的人工染色体の設計と利用のための革新的研究(代表:白髭克彦、課題番号:JPMJCR18S5)」、「発生・分化のゲノムモダリティと疾患(代表:白髭克彦、課題番号:20H05940)」、「非B型DNAの核内における生成と制御:ゲノムワイド解析によるアプローチ(代表:須谷尚史、課題番号:21K06012)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)正の超らせん:DNAは二重らせんという構造を持つ分子ですが、そのらせんの巻きつきの程度が通常よりも高くなっているとDNA鎖の構造にさまざまな歪みやよじれが生じます。これを正の超らせん状態のDNAと呼びます。

(注2)一分子観察:蛍光顕微鏡を用いてDNAやタンパク質の分子一つ一つの挙動をリアルタイムに観察する解析技術。

(注3)SMC複合体:固有の形状を持つ一群の分子モーターの総称。ヒト細胞には3つのSMC複合体(コヒーシン、コンデンシン、Smc5/6複合体)が存在しています。

(注4)分裂期中期:細胞は、DNAを複製により倍化させるステップと倍化したDNAを二つの細胞に分配するステップを交互に繰り返すことで増えます。このうち、分配を行う直前の段階のことを分裂期中期と呼びます。

(注5)野生株:どの遺伝子にも変異が入っていない、標準的な細胞株のこと。

(注6)ChIP-seq法:解析対象のタンパク質が核内DNAのどの箇所に結合しているかを網羅的に測定する実験技術。

問い合わせ先

東京大学定量生命科学研究所
講師 クリスチャン イェロフ ヤポセン(Kristian EL JeppssonJeppsson)
(英語のみでの対応となります)

准教授 須谷 尚史(すたに たかし)

教授 白髭 克彦(しらひげ かつひこ)