発表概要
【発表のポイント】
◆誕生日が同じ特定の種類のニューロンを簡便にラベルする手法を開発しました
◆分化後4日間に起きるクロマチン構造変化が、成体ニューロンの機能に重要であることを発見しました
◆ニューロンの種類ごとの性質を明らかにし、脳の構築や作動原理を解明することに役立つことが期待されます

分化初期のクロマチン構造変化が、ニューロンの機能獲得を「準備」する
概要
東京大学定量生命科学研究所の岸雄介准教授と、同大学大学院薬学系研究科の坂井星辰大学院生、後藤由季子教授らによる研究グループは、誕生日が同じ特定の種類のニューロン(注1)を簡便にラベルする手法を開発し、分化初期のクロマチン構造(注2)変化の重要性を明らかにしました。
脳は多様な細胞で構成されており、特定のニューロンを調べるのは困難でした。本研究では、ニューロンの誕生日(注3)に基づき、野生型マウスを用いて簡便に特定の種類のニューロンをラベルする手法を開発しました。この技術を用いて、ニューロン分化初期の遺伝子発現変化とクロマチン構造変化を解析したところ、クロマチン構造変化が成体での機能獲得に重要な遺伝子発現を制御する役割を担うことを明らかにしました。この成果は、脳構築の原理解明や神経発達障害のメカニズム解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は、Development誌に掲載されました。
発表内容
脳は、多様な細胞で構成されており、ニューロン(神経細胞)だけでなく、グリア細胞(注4)や血管細胞なども含まれています。そのため、特定のニューロンの特徴を詳しく調べるのは難しく、これまでにもいくつかの方法が開発されてきました。しかし、それらの方法には「観察できる期間が短い」「ラベルを付けた細胞とそうでない細胞を区別するのが難しい」「特別な遺伝子改変マウスが必要」などの課題がありました。本研究では、大脳皮質のニューロンが種類ごとに異なる「誕生日」を持つことに注目し、独自に作製した遺伝子発現プラスミド(注5)と子宮内電気穿孔法(注6)という手法を使うことで、通常のマウスを用いながら、誕生日が同じ特定の種類のニューロンを簡単にラベル付けする技術を開発しました。
ニューロンが神経幹細胞(注7)から生まれ、その後適切な機能を獲得するためには、発生期から成体期にかけて必要な遺伝子が正しく働くことが重要です。特にニューロンに分化した直後の数日間は、細胞の運命が変化した後、形を変えながら移動し、適切な場所で定着し、ニューロンとして突起を伸ばすという非常に活発な変化が起こります。このような変化を支える仕組みの一つとして、クロマチン構造(遺伝子の働きを調整する仕組み)が知られていますが、この数日間でクロマチン構造が具体的にどのように変化するかは、これまで明らかにされていませんでした。そこで今回開発した技術を使い、大脳皮質の深層ニューロンをラベル付けして回収し、ニューロン分化後の4日間における遺伝子発現とクロマチン構造の変化を詳しく調べました。その結果、ニューロン分化初期に起こるクロマチン構造の変化が、成体期に向けてニューロンが適切な機能を獲得するために必要な遺伝子を「準備」する上で重要である可能性があることが分かりました。さらに、この「準備」状態を支える仕組みとして、活性化型と抑制型のクロマチン修飾(H3K4me3とH3K27me3)が同時に存在する「bivalent状態」や、神経幹細胞の維持に関わる転写因子(Dmrt3とDmrt2a)が重要な役割を果たしていることが示唆されました。
今回開発された特定のニューロンをラベル付けする技術は、脳がどのように構築され、どのように機能するかを解明する研究に役立つと期待されています。また、発生期におけるクロマチン構造の変化の重要性をさらに探ることで、神経発達障害などの病気の仕組みを解明する手がかりになる可能性もあります。
発表者・研究者等情報
東京大学定量生命科学研究所 岸 雄介 准教授
大学院薬学系研究科 後藤 由季子 教授、坂井 星辰 大学院生
研究助成
本研究は、科研費「先進ゲノム支援(課題番号:16H06279)」、「新学術領域研究(課題番号:22H04687)」、「新学術領域研究(課題番号:23H04214)」、「新学術領域研究(課題番号:24H01227)」、「基盤研究(A)(課題番号:22H00431)」、AMED-CREST、AMED-PRIME、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、旭硝子財団、中外創薬科学財団、アステラス病態代謝研究会、内藤記念科学振興財団、セコム科学技術振興財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、日立財団の支援により実施されました。
本研究は、科研費「先進ゲノム支援(課題番号:16H06279)」、「新学術領域研究(課題番号:22H04687)」、「新学術領域研究(課題番号:23H04214)」、「新学術領域研究(課題番号:24H01227)」、「基盤研究(A)(課題番号:22H00431)」、AMED-CREST、AMED-PRIME、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、旭硝子財団、中外創薬科学財団、アステラス病態代謝研究会、内藤記念科学振興財団、セコム科学技術振興財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、日立財団の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ニューロン
神経系を構成する細胞で、電気信号や化学信号によって情報を伝達する役割を持つ。ほとんどのニューロンは発生期に産生され、一生入れ替わることなく脳内で働き続ける。
(注2)クロマチン構造
DNAとヒストンなどのタンパク質が複合してできた構造で、遺伝子の転写やDNAの複製・修復に重要な役割を果たす。オープンなクロマチンでは転写が起きやすく、凝集していると起きにくい。
(注3)ニューロンの誕生日
大脳皮質では、神経幹細胞が次々に異なる種類のニューロンを産み出す。そのため、特定の誕生日のニューロン(特定の日に産まれたニューロン)は同じ種類のニューロンへと分化する。
(注4)グリア細胞
アストロサイト、オリゴデンドロサイト、マイクログリアなど様々な種類があり、ニューロンを支えたり保護したりする細胞で、情報伝達や免疫応答にも関与する。
(注5)プラスミド
環状のDNA分子で、外来遺伝子を細胞で発現させるときに用いる。
(注6)子宮内電気穿孔法
妊娠中のマウスなどの子宮内で胎児脳にDNAを導入するために、電気パルスを用いる遺伝子導入法。
(注7)神経幹細胞
神経系の細胞であるニューロンやグリア細胞に分化する能力を持つ未分化細胞で、自己複製能と多分化能を有する。
アイキャッチ画像
雑誌名等
雑誌名:Development
題 名:In vivo transition in chromatin accessibility during differentiation of deep-layer excitatory neurons in the neocortex
著者名:Seishin Sakai, Yurie Maeda, Mai Saeki, Daijiro Konno, Keita Kawaji, Fumio Matsuzaki, Yutaka Suzuki, Yukiko Gotoh*, Yusuke Kishi* (*責任著者)
DOI: 10.1242/dev.204564
URL: https://journals.biologists.com/dev/article/152/13/dev204564/368413/In-vivo-transition-in-chromatin-accessibility
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学定量生命科学研究所
准教授 岸 雄介(きし ゆうすけ)
Tel:03-5841-7827 E-mail:ykisi@iqb.u-tokyo.ac.jp
東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
Tel:03-5841-7813 E-mail:soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp