発表概要
国立遺伝学研究所の佐々木真理子准教授と東京大学の小林武彦教授の研究グループは、細胞内で染色体(注1)から切り離された「染色体外環状DNA(注2)」が形成されるメカニズムを解明しました。環状DNAは、がん細胞においてがんの発症や進行に関与することが知られていますが、その形成メカニズムは長年の謎でした。
研究グループは、この謎を解明するため、ヒトのモデル生物である出芽酵母のサーチュインタンパク質(注3)Sir2に着目し、このタンパク質が欠損した際の反応メカニズムを解析しました。その結果、DNAの設計図を読み取る「転写(注4)」と、DNAをコピーする「複製(注5)」という2つの重要な細胞内プロセスが衝突してしまい、遺伝子を含んだ環状DNAが生まれることを発見しました。つまり、Sir2タンパク質が転写と複製の衝突を防ぐことで、環状DNAの生成を抑制していることを明らかにしました。この発見は、がん細胞で見られる環状DNAの生成メカニズムの理解につながる重要な成果です。
本研究は、2025年1月29日に国際科学雑誌の「Nucleic Acids Research」に掲載されました。

図1: (左)野生型では、リボソームRNA遺伝子領域の転写をSir2タンパク質が抑えているため、複製装置と転写装置の衝突が起こりません。よって、DNA二本鎖切断(注6)損傷が起きても正確に直され、DNAの構造は維持されます。(右)Sir2タンパク質が欠損した細胞では、転写が活発に起こるようになり、転写装置と複製装置が衝突し、DNA二本鎖切断損傷が相同組換え(注7)経路によって修復されます。この衝突がリボソームRNA遺伝子などの繰り返し配列で起きると、相同組換えによって環状DNAが作られることがわかりました。
1. 研究の詳細
研究の背景
私たちの細胞の中では、遺伝情報を担うDNAが紐状の染色体として存在していますが、時として染色体上の遺伝子の数が増えたり減ったりするだけでなく、染色体から切り離されたDNAが環状化したDNAとして作られることがあります(図2)。これまでの研究では染色体上で起こるDNAの構造変化が主に研究されてきました。しかし、がん細胞では、がん化を促進する遺伝子を含む大きな環状DNAが見つかっており、がんの発症や進行に関わることが知られています。また、正常な細胞でも小さな環状DNAが存在することが知られ、未知の機能を発揮している可能性があります。しかし、環状DNAの形成をコントロールする実験系が確立されていなかったことから、これらの環状DNAがどのようにして作られるのか、そのメカニズムは長年の謎でした。

図2: (a) 通常、遺伝子の数は正常に維持されています。(b) 染色体上で遺伝子の数が増加すると、がんやその他の疾患の原因となります。(c) 染色体から作られた環状DNAが増加すると、細胞をがん化させると考えられていますが、環状DNAが作られるメカニズムはよくわかっていませんでした。
本研究の成果
環状DNAがどのようなメカニズムで作り出されるのかを調べるためには、環状DNAを持たない細胞において環状DNAを特定のDNA領域から高頻度で作り出すようなシステムが必要です。しかし、ヒトではそれが難しかったため、私たちの研究グループは、ヒトのモデル生物である出芽酵母に着目しました。出芽酵母の染色体上には、タンパク質翻訳装置の構成因子であるリボソームRNAをコードする遺伝子(リボソームRNA遺伝子)が約150コピー連続して並んだ領域が存在します。リボソームRNA遺伝子のコピー数は、通常安定に維持されています。しかし、Sir2タンパク質が欠損すると、リボソームRNA遺伝子のコピー数が変化しやすいことや、その際に環状のリボソームRNA遺伝子が作られることが知られていました。そこで、このSir2タンパク質の機能を調べることで、環状DNAが作り出される過程を突き止めることができるのではないかと考えました。
Sir2タンパク質が欠損すると、リボソームRNA遺伝子の近くの領域からタンパク質を作り出さないRNAが転写されるのですが、この転写装置が走り出すと、近くで停止した複製装置と「衝突する」ことを突き止めました(図1)。さらに、この衝突が生じた領域では、DNA二本鎖切断損傷が相同組換え経路によって修復されることを示しました。そして、リボソームRNA遺伝子領域のような繰り返し領域で相同組換えが用いられることによって、環状DNAができると考えています。つまり、Sir2タンパク質は転写と複製の衝突を防ぐ「交通整理係」として働いて、環状DNAが作られないように防いでいることを発見しました。
今後の期待
本研究で明らかになった環状DNA生成の仕組みは、がん細胞で見られる環状DNAの発生メカニズムの理解につながります。また、正常細胞での環状DNAの役割解明にも貢献し、新しい遺伝情報伝達の仕組みの発見につながる可能性があります。これらの知見は、将来的ながんの治療法開発や遺伝子治療への応用が期待されます。
用語解説
(注1) 染色体
細胞の核内に存在する紐状の構造物であり、遺伝情報を保存しています。DNAがヒストンタンパク質に巻き付いて存在しています。
(注2) 染色体外環状DNA
真核細胞の紐状の染色体から作られた環状のDNAです。約半数のがん細胞で、がん化を促進する遺伝子を含んだ巨大な環状DNAが確認されており、腫瘍形成において重要な役割を果たすと考えられています。また、ヒトの正常な細胞では、遺伝子を含まない小さな環状DNAも見つかっています。
(注3) サーチュインタンパク質
生物の寿命や老化に深く関わる重要なタンパク質です。ヒストン脱アセチル化酵素であり、ヒストンのアセチル化修飾を取り除き、遺伝子の働きを調節する機能を持つことが知られています。
(注4) 転写
DNAに記録された遺伝情報をRNAに写し取る過程です。RNAはその後、タンパク質へと翻訳されて遺伝子機能を発揮します。
(注5) 複製
細胞が分裂する際に、遺伝情報を記録しているDNAのコピーを作り出す過程です。DNAを正確にコピーすることができなければ、子孫に誤った遺伝情報が伝達されてしまい、がんなどの疾患を引き起こす原因となります。
(注6) DNA二本鎖切断
DNAは通常、二本のDNA鎖がらせん構造をとって存在しています。この二本鎖の両方が同時に切れてしまう現象を、DNA二本鎖切断といいます。両方の鎖が切れるため、遺伝情報を完全に失ってしまう可能性があり、最も危険なDNA損傷です。
(注7) 相同組換え
DNA二本鎖切断を、似た配列情報を用いて修復する重要なプロセスです。通常は、DNA切断が起こる前のDNA構造を回復させますが、DNA二本鎖切断が繰り返し配列で生じると、染色体中の離れた位置にある配列を用いてしまうため、DNA構造が変化してしまいます。
研究体制と支援
本研究は国立遺伝学研究所 新分野創造センター 遺伝子量生物学研究室の佐々木真理子准教授と東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム再生研究分野の小林武彦教授の共同で行われました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR214P)、同 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR19S3)、日本学術振興会(JSPS) 科研費(21H04761、20H05382、18H04709、17H01443)、日本医療研究開発機構AMED (JP21gm1110010)、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団により支援されました。
アイキャッチ画像
雑誌名等
雑誌名:Nucleic Acids Research
題 名:Transcription near arrested DNA replication forks triggers ribosomal DNA copy number changes
(停止した複製装置の近傍の転写活性がリボソームDNAのコピー数変化を引き起こす)
著者名:Mariko Sasaki (佐々木真理子) *¶ and Takehiko Kobayashi (小林武彦) *
*: 責任著者 ¶: 代表著者
DOI: 10.1093/nar/gkaf014
URL:
https://doi.org/10.1093/nar/gkaf014
問い合わせ先
<研究に関すること>
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 新分野創造センター 遺伝子量生物学研究室
准教授 佐々木 真理子 (ささき まりこ)
メール: m_sasaki@nig.ac.jp
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 創発的研究推進部
東出 学信(ひがしで たかのぶ)
TEL: 03-5214-7276 メール: souhatsu-inquiry@jst.go.jp
<報道担当>
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 広報室
メール: prkoho@nig.ac.jp
東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
TEL: 03-5841-7813 メール: soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404 メール: jstkoho@jst.go.jp