最近の研究成果

経験の活用には脳全体が関与する ――経験にもとづく意思決定の神経基盤の一部を解明――

発表概要

[発表のポイント]

◆目や耳から入った感覚情報や身体運動に比べて、予測や経験を脳がどのように表現するかは、わかっていませんでした。

◆脳は感覚刺激や行動を特定の場所で表現する一方で、予測を脳の全体で表現することを発見しました。

◆予測の不調や暴走は精神疾患に繋がる可能性があり、本研究が精神疾患の作用機序の理解や治療に繋がることが期待されます。

 

[概要]

東京大学定量生命科学附属高度細胞多様性研究センター神経計算研究分野の石津助教(研究当時)、船水講師らによる研究グループは、脳が経験や予測を、脳全体で表現することを明らかにしました。

野球の打者は、一瞬で通り過ぎるボールの軌道といった視覚情報だけでなく、球種やコースの予測に基づいてバットを振ります。研究グループは、この感覚刺激と予測の統合が、脳でどのように行われるかを検証しました。

これまで脳では、特定の場所が特定の情報を表現すると考えられてきました。しかし、このような脳の機能局在構造が、予測の表現にも当てはまるかは、詳しくわかっていませんでした。本研究は、マウスの行動実験と、脳の神経活動の大規模計測、AIを用いた神経活動解析で、脳の大脳皮質の様々な場所が、予測を均等に表現することを発見しました。

ヒトは、ボールの球種から他者の気持ちまで、様々な事柄を予測します。予測の不調や暴走が、精神疾患に繋がる可能性があります。本研究は精神疾患の作用機序の理解や治療に繋がることが期待されます。

図1:本研究の概要

図1:本研究の概要

発表内容

野球の打席や、テニスのサーブのリターンなど、十分な感覚情報を得られない状況では、知識や経験が成功の重要なカギとなります。

これまでの先行研究でも、脳が感覚情報と予測をどのように統合し、行動を最適化するかが検証されてきました。しかし、多くの研究は脳の特定の場所の役割に注目したため、脳が予測を全体で表現するのか、特定の場所で表現するのかは、わかっていませんでした。

本研究チームは、予測と感覚情報の統合の必要な行動実験をマウスで実施し、脳の様々な場所の神経活動を網羅的に計測しました。その結果、脳は、感覚刺激や行動を、特定の場所で表現する一方で、報酬の予測を、大脳皮質(注1)の全体で表現することを発見しました。

 

[手法]

感覚情報が短く、不確実な場合、経験に依存することで行動を最適化できることが知られています。一方、感覚情報が確実な場合、経験に依存する必要はありません。本研究グループによる先行研究では、感覚情報と経験のバランスに注目したマウスの行動実験を開発しました (Funamizu, iscience, 2021)。今回の研究では、この行動実験を改良するとともに、行動実験中のマウスで大脳皮質の様々な場所の神経活動を計測しました。計測には、Neuropixels(注2)という特殊な電極を用いました。

行動実験では、マウスが音刺激の周波数の高・低に応じて、左・右のスパウトを舐め分け、正解ならば報酬として水を得ることが出来ます。本研究においては、左右のスパウトから貰える水の量をバイアスさせることで、マウスに試行錯誤でどちらのスパウトから多く水を貰えるかを予測させる系を立ち上げ、マウスの脳の神経活動を計測しました。

 

[結果とまとめ]

行動実験時のマウスの神経活動を計測した結果、大脳皮質の運動野や聴覚野は、それぞれ、マウスの左右スパウトの選択や、音刺激を選択的に表現しました。一方、大脳皮質の前頭葉・運動野・聴覚野は、報酬の予測を均等に表現しました。これらの結果は、マウスの大脳皮質が、運動や音刺激を特定の場所で表現する一方で、予測を広域的に表現することを示唆します(図1)。

 

[今後の展望]

予測は、ヒトや動物の意思決定に不可欠な要素です。一方で、物事の予測が破綻した場合、幻聴や妄想につながり、精神疾患に繋がると考えられます。本研究が今後、精神疾患の作用機序の理解や治療に繋がることを期待しています。また研究グループは、脳の意思決定の理論的な理解を目指しています。これらの脳の知見が、将来の脳型人工知能の開発に繋がることを期待しています。

用語解説

(注1):大脳皮質
脳の中でも頭蓋骨のすぐ下にある部位です。特定の場所が特定の機能を持つと言われています。認知、言語、作業記憶といった、いわゆる高次脳機能に関与する場所です。

(注2):Neuropixels
脳の神経細胞の活動を、電気的に計測する電極。約1cmの細長い針状の電極に、1000か所の計測点があります。本研究では、384か所の計測点から神経活動を同時計測しました。
https://www.neuropixels.org/ (Jun et al, nature, 2017)。

 

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雑誌名等

雑誌名:Nature Communications

題 名:Localized and global representation of prior value, sensory evidence, and choice in male mouse cerebral cortex

著者名:Kotaro Ishizu, Shosuke Nishimoto, Yutaro Ueoka, Akihiro Funamizu*

DOI: 10.1038/s41467-024-48338-6

URL: https://www.nature.com/articles/s41598-024-58989-6

発表者・研究者等情報


東京大学定量生命科学研究所 附属高度細胞多様性研究センター 神経計算研究分野
船水 章大 講師
石津 光太郎 助教(研究当時)(現:理化学研究所 基礎科学特別研究員)

研究助成


本研究は、文部科学省卓越研究員制度、科研費「学術変革領域研究A・神経回路センサスに基づく適応機能の構築と遷移バイオメカニズム(課題番号21H05243)」「新学術領域研究・マルチスケール精神病態の構成的理解(課題番号21H00187)」「新学術領域研究・身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解 (課題番号22H04766)」「研究活動スタート支援 (課題番号20K23339, 20K23317)」、千里ライフサイエンス振興財団、日本神経回路学会の支援により実施されました。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学 定量生命科学研究所附属高度細胞多様性研究センター 神経計算研究分野
講師 船水 章大(ふなみず あきひろ)
TEL:03-5841-7862      E-mail:funamizu@iqb.u-tokyo.ac.jp

東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム
TEL:03-5841-7813 E-mail:soumu@iqb.u-tokyo.ac.jp