Talk.1 – 白髭克彦 教授

正確なデータの蓄積が真実に肉薄する唯一の方法である

~技術こそが科学の中核にある~

誰も見たことないものを、誰も持っていない技術で観察し、データを得る。定量生命科学研究所所長の白髭克彦教授の研究スタンスはずっと変わらない。科学者の最大の使命は正確なデータを集めることだと語る白髭教授に、研究テーマや生命科学のありかたを聞いた。

ゲノム情報解析研究分野 教授 白髭 克彦

1988年東京大学教養学部基礎科学科卒、1994年大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了(医科学)。以降、奈良先端科学技術大学院大学、理研、東工大を経て2010年より東京大学分子細胞生物学研究所教授。2017年同研究所所長。2018年改組により定量生命科学研究所所長。専門はゲノム科学。


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 DNAが私たちの体の設計図であることには疑いの余地がありません。生命科学のあけぼのの時期は、ひとつの遺伝子に注目し、その遺伝子がどのように機能するのか、視野を顕微鏡で絞るような研究が主流でした。それが1990年代に入ると、DNAの全体像を余すところなく網羅的に捉え、全体を見たときに何が言えるのかを追究しようという動きが出てきます。それがゲノム学です。

 ゲノム学以前の生命科学は「こうだろう」という仮説のもとに進められました。コンセプト、あるいはハイポセシス(仮説)ドリブンです。それに対してゲノム学はデータドリブンと言えます。データをすべて揃えてからが勝負。だから出揃うまでは無心でデータをとり続けるしかなくて、それを「頭を使わない作業だ」と批判する人もいました。

 しかし、全体を通して見たから初めて分かる機能もありますし、今は、それが分かる時代でもあります。ですから私たちは、一部を切り取るのではなく、オミックス、視野に入るものは視野に入れて染色体を理解しようとしています。

その目玉は“どのように”見ているのか

 これまでに、DNA複製チェックポイントがどのように機能しているのかを解き明かしました。

 教科書的に説明すると、真核生物の複製は、複製開始点という定まった点に複製タンパクが集まることで始まり、両方向に進みます。しかし、実際に両方向に進むのか。それを見た人は誰もいませんでした。

 また、複製時に忠実にコピーが行われないと、細胞が悪性化してがんになるなど、病気の原因になると考えられています。そうしたコピーミスが起こらないように見守っている機構があり、そのひとつがDNA複製チェックポイントと呼ばれるものです。

 DNA複製チェックポイントは、DNAの複製をモニタリングするだけでなく、忠実な複製に不都合な問題、たとえば、変異が入ったり、複製の進行が妨げられていたりといった事象が起きているときは、複製を一時的に止めて、問題を解決してから複製を再開させる機能も持っています。

 かつて教科書には、DNA複製チェックポイントは目玉のイラストとして描かれていました。目玉から複製されているDNAに視線が送られていて、要するにそうやってモニターしているというのですが、私はこれが不満でした。いつまでもこれでいいのかと。実際にはいつどこでどのように働いているのか、つまりどのように機能しているのか、それを突き止めないと話は前に進まないと思ったのです。

 そこで、DNA複製時、タンパク質がどのように働いてDNAのコピーが作られるのかを実際に観察しました。

 すると、本当に複製開始点にタンパク質が結合して山のように見えたと思ったら、その山が2つに分かれて両方向へ進んでいくのが見えました。

 このときにDNA複製チェックポイントのありかも調べてみたところ、そのタンパク質は、複製装置そのものの中に入り込んでいることが分かりました。 結果が分かってみれば当たり前に思えますが、本当にそうだと分かったときの気持ちは感動という言葉で表現するしかありません。

手間がかかっても真実を見たい

 もう一つは、コヒーシンという染色体の分配に必要なタンパク質が、転写にも重要な役割を果たしていることを解明しました。

 まずコヒーシンがゲノム上のどこに結合しているのか位置を特定し、同じような分布をしているタンパク質がないかを調べたところ、CTCFという、ゲノムの転写の際に区画化の役割を担うタンパク質がみつかりました。最初は、サンプルの取り間違いじゃないかと思うくらいに似通った分布でしたが、これにより、コヒーシンとCTCFは行動を共にしている、コヒーシンは転写にも関わっているということが分かったのです。

 なぜ似通っていると分かるほど正確に位置を特定できたのか、少し方法論的な話をします。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)でゲノムを増やすとき、私が長年研究対象としてきた酵母などと違って、ヒトゲノムのようにリピート配列が多い場合は、リピート配列のところばかりが増えます。これはPCRの機構に基づくもので、PCRでDNAを増やすとどうしてもこうしたバイアスがかかってしまうのです。

 そこで、DNAを一度RNAに変換し、RNAとして増やし、それをDNAに変換しなおすという手法を採りました。手間はかかりますが、PCR独特のバイアスがかからないので結果がより信頼できるからです。そうしてでも真実を見たいという気持ちが強かったのです。こうすることで、コヒーシンの局在部位を突き止めることができました。 この頃には、ゲノム全体を見るための技術が進化していたことも影響しています。科学は技術です。もちろん、コンセプトやハイポセシスは大事ですが、これらは技術が変われば変わります。技術が向上すると、今まで得られなかったようなデータが得られるようになり、見える景色ががらりと変わるからです。

技術が科学を前に進める

 たとえば、長らくDNAチップの解像度は高くありませんでした。みんなそういうものだと思い、特に刷新もされていなかったのです。私は理化学研究所のヒトゲノムセンターに所属していた2000年頃、与えられた予算の半分以上をつぎ込んで、新たなDNAチップをデザインし、合成したことがあります。一極集中でつぎ込んだところで、自分の予算なので、失敗しても自己責任だという気楽さがありました。

 それを使ってみると、恐ろしいくらいにタンパク質がどこにいてどう動いているかが分かりました。精度の高いChIP-chip法を開発したことで、一度で、驚くほど多くの正確なデータをとれました。この時は、成果を論文にする前に、話を聞きつけた研究者が海外からその技術を学びに来たほどです。

 ヒトゲノムセンターに所属していながらあまりヒトの研究をしていなかったこともあり、ここで何かしないと後がないという、不安定な時期に差し掛かってはいました。ここでふんばって自分の技術を確立できたことが、その後の自信につながりました。他人と同じことをしないために何が必要かというと、自分だけの技術です。ですから、若い人には自分にしかできない技術を手に入れて欲しいと思っています。

 振り返ると、新しい遺伝子や因子の発見というよりも、教科書に埋もれている因子に着目して調べるというのが、自分には合っているのでしょう。特に今は、未知の遺伝子はありません。ただ、すべての機能が明らかになっているわけでもない。では、埋もれている何に注目するか。私の場合は、他人が注目しているものには関心が向きませんでした。だれも目を向けないところへ自分だけの技術を適用することで、誰も見たことのない景色を一番に見ることができます。

 その積み重ねによって全体を俯瞰できるより精緻なデータが揃ってはじめて、解釈の段階に移れます。データがしっかりしていなければ、解釈する価値がありません。

 たとえば「太陽が東から出て西へ沈むのを100回見た」という人がいたとします。そして「だから地球は太陽の周りを回っている」と。でも人によっては「だから太陽は地球の周りを回っている」と解釈するかもしれません。解釈がどちらでも「太陽が東から出て西へ沈むのを100回見た」という観測事実、データは変わりません。

説明できないことは説明しなくていい

 データを得るのはそう簡単なことではありません。さらに、やっと取得したデータが「こうなったらいいな」と思うところにきれいにはまるなんていうことは、生涯に数回あればいい方です。たいていの場合、太陽が沈まなかったり途中で消えたり、矛盾するデータ、説明できないデータがあります。それでも、期待と異なるデータであっても意味のないデータはありません。思った通りにならないというのも、大切な観測事実だからです。

 その思い通りにならないデータを、技術が進化していろいろなことが分かるようになってから振り返ると、矛盾が矛盾でなくなり、できなかった説明ができるようになります。ですから、今の時点で説明ができないことについては、無理に“お話”を作らずに「今は説明できない」でいいと思ってます。無理にお話を作ろうとすると、データのねつ造につながりかねません。

 私は、最も科学者に求められることは、正確なデータを世の中に出していくことだと思っています。付け加えると、私自身は「それはつまり地球の周りを太陽が回っているのだ」とデータに解釈を加えてお話を作るより、「太陽が東から出て西へ沈んだ」という正確なデータそのものを得たいと思うタイプでもあります。

 とはいえ、解釈に取り組まないわけではありません。5年ほど前まで、私の研究室のテーマはほぼ9割がゲノム学で、残り1割が生化学でしたが、今は生化学が5割ほどになっています。データが揃ってきたので、分かったことを試験管の中で再現する段階に移っているということです。生命科学は科学である以上、検証可能であるべきです。ゲノム学は現象論に留まりがちですが、生化学の反応として、現象を再構成すべきです。その上で、装置としての染色体とそこで働いているタンパク質の機能を明らかにしたいというのが、今、一番のモチベーションです。

研究所名に定量の二文字を冠する理由

 生命科学は科学です。ですから、定量的な視点を持つのは当たり前のことです。しかし、2018年にこの定量研が発足する前、この分野ではその科学本来のあり方が揺らいでいるという強い危機感がありました。定量という言葉を掲げ、公明正大にやっていく意思を直裁に示そうというのは、私だけでなくほかの教授陣にも共通の考えでした。

 定量研は裾野が広く、それゆえに研究所にあるべきミッションがないと指摘されたこともあります。しかし、定量研のアドバイザリーボードの一人であるスーザン・ギャッサー(分子生物学者・バーゼル大学教授)が、多様性は研究所の看板になり得ると言ってくれました。私自身もこれまで、周囲に大勢いた専門分野が異なる人に気軽に話を聞けたことで助けられてきました。先ほどお話ししたDNAチップの設計時にも、私にはない視点を周りの人からもらっています。

 ですから所長という立場では、面白い研究、いい研究をしている人にこの研究所に加わってもらうこと、研究者たちが互いにコミュニケーションを取りながら、思う存分、研究をしてもらえる環境を整えることを第一に据えています。

取材日:2020年12月17日

取材・文:片瀬 京子
写真:田辺 隆三

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