Talk.4 – 小林 武彦 教授

生命の連続性は老化が支えている

~寿命を6割延ばしたり5割短くしたりする遺伝子を同定~

生命はどのように続いてきたのか。小林武彦教授は、それを研究しているうちに生命はどのように老いていくのかに興味を持ったという。発生に比べると注目度が低かった分野にいち早く着手し、切り開いてきた先駆者は、新しい興味の前ではいつでも新米でありたいという。

ゲノム再生研究分野 教授 小林 武彦

1992年に九州大学大学院医学系研究科で学位取得後、基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て、2015年に東京大学分子細胞生物学研究所に教授として着任。2018年より定量生命科学研究所教授。専門は分子遺伝学。箱根の山と伊豆海をこよなく愛する。著書に「生物はなぜ死ぬのか」講談社現代新書など。


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 生物とはなんでしょうか。生物ではないものと比べるとよくわかります。生物は、自分で自分を複製し、なおかつ、進化します。だからこそ、誕生したときにはおそらくとてもシンプルだった生物が、38億年という長い時間をかけていろいろな形になり、その一つひとつも複雑になってきました。その進化は、世代交代や遺伝子の変異による生命の連続性によって支えられています。当初私は、その変異が起きたときの修復機構について研究をしていました。

 ゲノムはそもそも変化しやすいものです。身近なところでは、紫外線や放射線、化学物質や活性酸素などによってダメージを受けています。そうした刺激によって変化しそうなとき、それを食い止めて治そうとする機構があります。それが修復です。その修復が間に合わなくなると、がんなどの病気になることがあります。 私が元々研究をしていたのはこの修復機構についてです。ところが、研究をしているうちに、修復が間に合わなくなって異常な細胞ができそうになると、その細胞を積極的に老化させるメカニズムがあることがわかりました。

エントロピーの増大だけでは説明できない現象・老化

 生命の連続性の謎を解き明かしたくて修復機構を研究していたら、細胞を積極的に老化させる機構があることに気がついた。それが、老化の研究に興味を持ったきっかけです。

 それまで私は、ほかの研究者もそうであったと思いますが、卵からどのように複雑な形ができていくのか、発生こそが生物学の王道だと考え、老化は自然現象のようなものだとも思っていました。熱力学の第2法則が示しているように、形あるものはいずれ壊れる、生き物が死ぬのは岩がいずれ砂になるのと同じで、つまり老化は物理現象だということです。しかし、生物には細胞の老化が誘導されるという生理現象がある。単に時間と共に劣化するのではなく、ある条件が揃ったら老化のスイッチが押されるというメカニズムがある。そう気がついてから、とても面白く感じるようになりました。

 このスイッチが入る仕組みが解れば老化の仕組みがわかりますし、入れないようにすれば寿命を延ばせます。

 では、どんなときに細胞老化が誘導されるのか。何が老化スイッチを押すのか。実際にそれを調べてみました。

スイッチはリボソームRNA遺伝子が押していた

 染色体の端にあるテロメアは、ゲノムの中では壊れやすい箇所として知られています。実際に、削られるようにして壊れていきます。安定性が悪いのです。そして、ある程度削られると、老化細胞が誘導されます。いかにもテロメアが老化スイッチを押していそうです。

 ところが、テロメアが削られない生き物もあります。たとえば酵母菌がそうです。酵母菌はテロメア合成酵素を多く作るので、その酵母菌の死の間際になってもテロメアの形は保たれています。ということは、このテロメアは老化スイッチをオンにはしていないだろうと予想できます。

 では、どこなのか。反復配列にあたりをつけました。ゲノムの中で反復配列を繰り返している領域は高次構造を取りやすく、こんがらがりやすいという特徴があります。その代表が、リボソームRNA遺伝子と呼ばれる反復配列としては最大部分です。調べてみると実際に壊れやすい。そこで、一生が約3日と短い、つまり老化が早い酵母菌でそのリボソームRNA遺伝子を壊れにくくした変異株をつくりました。酵母菌でリボソームRNA遺伝子をこんがらがりにくくしているのは、Sir2という遺伝子です。このSir2を多く発現させると、リボソームRNA遺伝子は安定します。すると、Sir2を多く発現させた変異株では、寿命がなんと60%近く延びたのです。では、Sir2をノックアウトしてリボソームRNA遺伝子をもっとこんがらがりやすくした、つまり壊れやすくした変異株はどうかというと、寿命が約半分になっていました。

 このことから、リボソームRNA遺伝子が「自分はここまで壊れたから、老化しろ」と、老化スイッチを入れていることがわかりました。

 ただ、どうやってその命令を伝えているのか、誘導のメカニズムはわかっていません。これが今の研究テーマのひとつです。

 そして、この老化と若返りは密接に関係しています。冒頭で、一つの細胞から始まった、38億年に渡る生命の連続性の話をしました。この連続性がどこかで途切れるようなことがあったなら、今、生物は存在していません。一方で、38億年前に何らかの理由で誕生した細胞がそのまま生き続けているわけではありません。途切れることなく入れ替わってきました。この38億年、若返り、あるいはリセットを繰り返して生命は続いてきたのです。では、そのリセットはなぜ、どのようにして起こるのか。これも研究テーマです。

酵母の利便性を活かした新しい挑戦

 最近、酵母を使った人工細胞も研究テーマに加えました。これまでずっと、老化や若返りについて酵母を使って研究をしてきましたが、その役割を広げようと考えています。

 私たちは昔から、食生活で酵母にお世話になってきました。お酒も醤油もパンも、酵母があるから楽しめているものです。研究分野でもとても役立ってきた生物です。この分子生物学の分野では最も多くの情報を提供してきた生物のひとつと言えるでしょう。私が老化の研究を酵母で行ってきたのも、酵母が便利だからです。一般的に、単細胞生物は老化しません。栄養が続く限り、細胞分裂を繰り返します。ところが、酵母は栄養を与え続けても老化します。分裂するときも、元の細胞(母細胞)と分裂によってできた細胞(娘細胞)が区別できるので、母細胞を観察していくと老化の過程を追うことができます。母細胞は約20回、娘細胞を生み出すと寿命を迎えます。酵母そのものの寿命は、約2~3日です。その一生を追う実験をしても、かかる時間は2~3日ということです。

 この、食べてよし飲んでよし研究してよしの酵母菌を、別の生き物の研究にも使えないか、たとえば、酵母菌にヒトの遺伝子を入れて人工細胞をつくり、そこでヒトの遺伝子の生理現象を研究できないかといったことを今、考えています。

 これまではヒトの遺伝子の研究には、マウスのようによりヒトに近い動物を使うことが主流でしたが、酵母の方がより操作が簡単で、様々な実験手法を使えますので、マウスなどでできなかった実験もできるのではないかと思っています。

 酵母をベースにヒトの人工細胞をつくりそこで実験を行うというアプローチは今、まさに始まったばかりです。私は、生きている限りこうして新しいことにどんどんチャレンジしていきたいです。年齢とは関係なく、いつでも新しい分野に新米として取り組んで、その結果、生命の神秘を解明できればと思います。

面白いと感じるものを見つけてほしい

 私は、大学や大学院での研究と教育はまったく同じものだと考えています。教育機関の主役は学生であり、その学生が様々なことを学べる環境を整えるのが教員の役目です。大学での教育は、小中高のような知識の伝授がメインではありません。

 学生には、面白いと感じるものを見つけて欲しいと思っています。研究の原動力は興味だからです。この研究所で興味を持ってもらうには、私が面白そうに研究をしていないとなりません。入りたての学生は、その分野の研究内容を詳しく知っている訳でありません。ですから、何が面白いのかもわからないのが当然でしょう。でも、周りで研究をしている人が楽しそうにしていたら、きっと楽しいんだろうなと思うでしょう。私自身が、この職業に就けて良かったな、こんなに面白い研究はないなと感じていることを表現して、伝える必要があります。

 ただ、何を面白いと思うかは個性が決める部分もありますから、いろいろな研究にチャレンジし、自分で考え、面白いと思う方向に進んでいってもらいたいです。そのためには、いろいろなことを教えすぎるのもよくありません。私は、サイエンスの世界を探検するための最低限の知識と準備は与えるけれども、それ以上のことは自分で開拓していって欲しいと思っています。

 付け加えると、研究者とはある程度の年齢になったら、自分の研究だけでなく教育もしなくてはならないと考えています。その教育の対象は、自分の研究室の学生だけではありません。小中高生も対象です。私自身、生物に関心を持ったのは10代のときです。いろいろな生物がいて、いろいろな性質を持っている。その多様性に面白さを感じました。

 そうして関心を持った後、どのようなことを学んでいったらいいかは、その道を歩んできた研究者はよくわかっているはずです。ですから私は、安価で買える入門書の執筆もします。すべての研究者がそうすべきだとは思っていませんが、私は自分を研究者であり教育者だと思っているし、書くこともできなくはないから、若い人が興味を持つための、興味を持った人がより深く勉強するための題材をどんどん提供していきたいと考えているのです。

取材日:2021年2月10日

取材・文:片瀬 京子
写真:田辺 隆三

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