Talk.5 – 深谷 雄志 准教授

予想外の発見は観察から生まれる

~エンハンサーはいかにして転写を制御しているのか~

遺伝子の発現にあたり、転写はエンハンサーによってどのように制御されているのか。説はさまざまあるが、深谷雄志准教授はそれを顕微鏡観察によって解明しようとしている。観察に用いるのはライブイメージング技術。さらにゲノム編集や画像解析といった様々な手法を組み合わせることで、これまで誰も見たことのなかった現場の目撃を試みる。

遺伝子発現ダイナミクス研究分野 准教授 深谷 雄志

2014年に東京大学大学院新領域創成科学研究科で学位取得後、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学を経て2017年に東京大学分子細胞生物学研究所に講師として着任。2018年より定量生命科学研究所講師。2021年より定量生命科学研究所准教授。専門は分子生物学、定量イメージング。


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 生きたショウジョウバエの初期胚で、遺伝子の発現をリアルタイムに可視化するライブイメージング技術を使い、転写がどのように制御されているのか、その解明を目指しています。転写の制御で中心的な役割を担っているのは、エンハンサーと呼ばれる非コードDNAです。このエンハンサーが適切に働くから、例えば触覚になるべき細胞は触覚になり、脚になるべき細胞は脚になっていきます。もしもエンハンサーが、本来なら脚になる部分でしか発現しない遺伝子を誤って触覚になる部分で活性化してしまうと、触覚から脚が生えた異常なハエが生まれてきます。実際にこれは、Walter Gehringが発見したNasobemia変異体と呼ばれるもので、現在ではAntennapediaと呼ばれる遺伝子の発現異常によってこの劇的な変化が引き起こされることが知られています。

 ライブイメージング技術は、画期的な技術です。この技術が開発されるまで、遺伝子発現を観察するには主にin situ hybridizationと呼ばれる方法が使われていました。この場合、細胞をホルマリンで固定する必要があります。別の言葉を使えば、観察するには細胞を殺す必要があるということです。ですから、観察したその細胞が、生きていたなら次の瞬間にどうなっているかを直接知ることはできないので、時間的な情報を得たければ、別の細胞を観察してそこから類推する必要がありました。しかし、ライブイメージング技術を用いれば、リアルタイムに、連続的に対象を観察できます。

 ライブイメージング技術によって多細胞生物における遺伝子発現を可視化できるようになったのはごく最近のことです。1998年に、生きている酵母でのRNA局在の観測技術として開発されましたが、2013年になって初めてショウジョウバエ初期胚における転写活性の計測に応用できることが示されました。ただし、その時点では1つの遺伝子しか同時に可視化することができないなど、多くの技術的な制約がありました。私たちは世界に先駆けて複数遺伝子の発現を同時に可視化する多色ライブイメージング技術を開発し、これまで知られて来なかった多様な転写制御の仕組みを明らかにすることに成功してきました。また、人工的に設計したレポーター遺伝子を駆使することで、DNAの配列単位でその仕組みを理解できるようにしてきました。特に、エンハンサーがどのように遺伝子発現の時間的な変化を制御しているのかを理解することに焦点を当てて研究を進めてきました。その結果、「転写バースト」とよばれる転写活性の揺らぎをエンハンサーが制御していることを初めて明らかにしました。

ある瞬間を切り取っただけでは変化の様がわからない

 最近は、人工的に設計したレポーター遺伝子だけではなく、新たにゲノム編集技術を取り入れることで、ショウジョウバエの内在ゲノム中での遺伝子の発現様式をありのままで見る研究についても進めています。これによって、ショウジョウバエの内在ゲノムにおいても転写バーストがエンハンサーによって緻密に制御されているという、これまで信じられてきたよりも遥かにダイナミックな様子が明らかとなってきました。

 新しい発見もありました。ハエの初期発生時に重要な働きを担う遺伝子は、複数の重複した働きを持つエンハンサーによって制御されるということが知られていました。1つの遺伝子を制御するのに、その発現をオンにするスイッチが2つあるということです。なぜ、2つあるのか。この問いに答えるために、ゲノム編集でhunchbackと呼ばれる遺伝子の発現を制御する2つの重複したエンハンサーうちの1つを取り除いてどうなるかを観察しました。単純に考えると、1つより2つのスイッチを持つほうが遺伝子の転写をより効率的に活性化できると予想されます。しかし実はそうではなく、むしろ1つだけのほうがより効率的に転写を促進する様子が見られました。つまり、2つのエンハンサーが互いに競合しあうことで遺伝子発現を適切なレベルに抑えているという、これまで信じられてきたメカニズムとは異なる様子が観察できたのです。

 私たちは今、内在の遺伝子をライブイメージングで観察できる状況を作り出し、そこからゲノム編集によってエンハンサーを取り除いたとき、転写活性がどのように変化するかについて解析を進めています。そうすることで、ある瞬間を切り取っただけでは差が無いような現象であったとしても、時間が経つにつれて大きな違いが見えてくることがあります。先ほどの重複したエンハンサーの働きも、この実験技術を使うことで初めて明らかとなりました。

 観察の対象は、受精から2~3時間後のショウジョウバエ初期胚です。なぜかというと、この発生段階では核が表面一層に整列しているので、表面を顕微鏡で観察するだけで数百もの細胞における転写活性を同時に計測することができます。また、全ての核が同調的な分裂を繰り返しているという、定量的な解析に非常に適した性質を示します。しかし、3時間以上経つと、1つひとつの細胞が3次元的に重なり合うようになるので、遺伝子の発現を経時的に追いかけるのが難しくなります。もちろん発生の後期を解析する面白さもあると思いますし、ハエで分かったことをヒトに応用する研究にも大きな意義があると思いますが、私たちの関心はショウジョウバエ初期胚が持つ優れた性質を最大限に利用することで、普遍的な遺伝子の発現様式を理解することにあります。ハエの初期胚は、特に80年代から90年代にかけて転写制御メカニズムの理解を先導してきた歴史があります。だからこそ、様々な遺伝学的な知見も揃っているし、すでにある豊富な公共データベースを参照できるという利点もあります。

発見から40年経ってもわからないことだらけ

 2021年は、エンハンサーが発見されてちょうど40年になる年です。このエンハンサーが、どういうわけか、遠くから遺伝子の発現を制御しています。いまだに、エンハンサーはどのように標的の遺伝子を見つけているのか、どのようにその遺伝子を制御するのかなど、根本的なメカニズムすら明確に理解されていません。ですから、その基本的な仕組みを知りたいと思っています。

 説はいくつかあります。特に最近、エンハンサーと遺伝子の間には反応場のようなものがあり、エンハンサーはそれを介して遺伝子に働きかけているという新たしい説が大きな注目を集めています。ただ、統一的な見解には至っていません。ですから、実際にエンハンサーがどう機能しているのかその現場を、ハエの卵で直接見てみたいと考えています。ではその先はというと、今、「次は絶対にこれをやりたい」というテーマはありません。この分野では日々、新しいものが見つかり新しい仮説が生まれるので、それらに対して柔軟な態度で、次に何をするかを決めていきたいと考えています。そして何よりも、自分たちの手で見出した些細な発見を1つ1つ大事にしながら研究を進めていきたいと思います。

考えてもわからないから見てみる

手を動かして研究を進めていると、思いがけない発見があります。それを追いかけていると、また新しい発見があります。学部生時代の成績がそれほど良かったわけでなく、修士の頃も就活をしていました。今ここで研究をしているのは、ちょうど修士過程が終わる頃にそうした面白さに気づいたからだと思います。実際に就職の内定ももらっていましたが、ちょうどその頃「もう少し研究を続けてみたい」と思うようになっていました。研究は完結させるのが難しいのですが、そのときようやく当時取り組んでいた研究テーマの全体像が見え始めて来ていた段階だったので、それを誰かにバトンタッチするよりも自分で最後までやりたいと感じて、博士課程に進学しました。

研究の面白さは、実験で得られたデータを見ているときに実感します。それをまとめようとすると大変なことも多々あるのですが、まだ誰も見たことのない生命現象を最初に見られるとことには魅力を感じます。

エンハンサーに限らず「結局、これは何をしているのだろう」と疑問を抱かせる存在はたくさんあります。その答えは、頭で考えているだけではなかなか分かりません。ですから、仮説が当たるか当たらないかはどっちでもいい、どんな結果が得られてもいいから、まずは実験して何が起こるか実際に見てみようというのが実験生物学者としての私のスタンスです。自分のこれまでの研究を振り返っても、予想外の発見というのは、いつもそのように生まれてきたと思います。私は、そうした発見の打率は低いですが、打席に立つ回数は多いので、どうにか人並みに研究を続けて来られたのかなと思います。すべて当たらなくてもいいので、まずは打席に立つことを心がけています。

取材日:2021年2月25日

取材・文:片瀬 京子
写真:田辺 隆三

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