酵母菌内でのヒト遺伝子を解析する実験系の開発 〜巨大染色体ベクターの構築〜(6月10日)(ゲノム再生研究分野)

細胞の働きを知るためには、細胞内で起こっている反応を研究する必要があります。通常、細胞からタンパク質(酵素)を取り出し、試験管内でその働きを調べます。しかし、試験管内で全ての酵素がうまく働くとは限りません。また、たくさんの酵素が関わる反応を試験管内で再構築するのは非常に困難な場合もあります。この技術的な「壁」を解決するために、ゲノム再生研究分野の小林武彦教授と飯田哲史助教は、単細胞真核生物である出芽酵母(注1)を「生きた試験管」のように用いた新しい解析方法「インサッカロ(in saccharo)実験系」を考案しました。これにより、細胞からタンパク質を取り出すことなく、タンパク質の機能を研究することが可能となります。

このインサッカロ実験系を可能にするには、多くの遺伝子を酵母内で安定に発現させるための「ベクター」(注2)が必要です。しかし通常のベクターは1~数個の遺伝子しか保持することができません。そこで今回、酵母の染色体(注3)上のリボソームRNA遺伝子(注4)領域を利用した「染色体ベクター」を開発しました。リボソームRNA遺伝子は反復構造をとっており、特別な安定性維持機構により、理論的には100個以上のヒト遺伝子の導入が可能となります。本研究により、酵母菌内で、ヒトの細胞の反応系を構築及び解析することができます。さらには再構築したヒトの反応系を用いて薬剤のスクリーニングや遺伝解析を行うことができ、加えて実験にかかるコストや時間、実験動物の数を大幅に削減することも可能になると期待されます。

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(注1)出芽酵母:単細胞のカビ、キノコの仲間。パンの発酵、アルコール飲料、醤油など食生活に欠かせない生物で、ヒトを含む真核細胞のモデル生物としてもっともよく研究されています。
(注2)ベクター:遺伝子を組み込んで細胞内に導入するためのDNAやRNA。通常は1~数個の遺伝子を入れることができます。
(注3)染色体:遺伝情報の発現と伝達を担う生体物質、真核細胞では紐状の構造を持ち、多くの遺伝子を含んでいます。DNAとそれに結合するタンパク質からなります。
(注4)リボソームRNA遺伝子:リボソーム(注6)の作用の中心を担うRNA分子を作る遺伝子。リボソームRNAは細胞の中のRNA分子の半分以上を占めるため、その遺伝子も1つでは足らずに、百個以上が染色体上に直列に並んで存在しています。
(注5)DNA:細胞の中に含まれる紐状の物質で、4種類の異なる記号が並んでいます。この記号の組み合わせによって、遺伝情報を司る遺伝子がコードされています。染色体を構成します。
(注6)リボソーム:遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する粒子。全ての生物が持つ、もっとも重要で基本的な装置の1つです。約80種類のリボソームタンパク質と反応の中心を担うリボソームRNAからなります。