定量生命科学研究所セミナー・LMBセミナー 11月11日

日時 2021年11月11日(木)10:00~12:00

場所 オンラインZoom開催

   ミーティングID:895 1903 8300

   パスコード:787475

講師 柴田幹士 博士

   Associate Research Scientist

   イエール大学/Yale School of Medicine

   (Nenad Sestanラボ)

演題 Molecular control of prefrontal cortex development and evolution

  (前頭前野の発生と進化における分子的制御機構)

要旨

 哺乳類における前頭前野(prefrontal cortex: PFC)は、空間的記憶の産生や認知情報の統合等に必須の部位であり、自閉症、統合失調症といった精神疾患の患者では、PFCと他の脳領域(視床背内側核mediodorsal nucleus: MDや海馬など)との間の神経投射が不全になっていることが知られている。しかしながら、このような神経投射の形成に関わる遺伝子制御ネットワークはほとんど明らかになっていない。また、ヒトを含む霊長類でPFCが進化上飛躍的に拡大した仕組みも多くが不明である。これらの疑問に答えるため、中期胚胎期のヒト、マカク、マウスのPFCを比較したところ、霊長類におけるレチノイン酸産生と、レチノイン酸シグナル関連遺伝子の発現が顕著に増加、拡大していることを見出した。レチノイン酸シグナル関連遺伝子を解析したところ、それらは主に、シナプス形成、軸索伸長に関わる機能を有していた。このような遺伝子のうち、統合失調症との関連が示唆されているレチノイン酸レセプター遺伝子RxrgとRarbをノックアウトしたマウスを作成し、解析したところ、これらレセプターを介したレチノイン酸シグナルがPFC-MD間の神経投射形成に特異的に必須であることが明らかになった。
我々はさらに、PFCにおけるレチノイン酸下流遺伝子の一つであるCBLN2の発現制御機構を解析することにより、Hominini (ヒト、チンパンジー、ボノボ)グループのPFCにおけるシナプス形成の著しい増加が、CBLN2エンハンサー配列の変化によることを明らかにした。CBLN2は液性因子であり、neurexin (NRXN)、glutamate receptor-δ GRID/GluDと複合体を形成するシナプスオーガナイザーであることが知られている。
HomininiグループのCBLN2エンハンサーでは、それ以外の哺乳類では見られるSOX5結合配列が特異的に欠損しており、このためにSOX5による転写抑制を受けず、CBLN2の発現が増加し、シナプス形成が増加したと考えられた。
以上の研究は、転写因子とエンハンサーの相互作用の変化が、脳構造に重要な進化をもたらすという一例を明らかにするものであり、われわれヒトの精神疾患に対する脆弱性を明らかにする手がかりにもなると考えられた。

幹事 行動神経科学研究分野

主催 東京大学定量生命科学研究所

後援 公益財団法人 応用微生物学・分子細胞生物学研究奨励会