多様性に富んだ研究所が目指すもの

誰も耕さない荒れ地に花は咲かない

2021年、東京大学定量生命科学研究所は発足から4年目を迎えた。ゲノムから脳まで、幅広く生命に関わる研究分野を包含する研究所のこれまでと今、そしてこれからについて、初代所長である白髭克彦教授に、ジャーナリストで当研究所では科学技術と倫理を担当する池上彰客員教授が聞いた。


池上氏:東京大学定量生命科学研究所(以下、定量研)が発足して、3年が経ちました。私自身もコンプライアンス担当の客員教授として関わってきましたが、現時点ではどのような研究所になっていると感じていますか。

白髭氏:業績面でも評価される存在になりつつあると思います。また、定量という名を冠した研究所はほかにないので、その点でも注目されています。科学では、定量するのは当たり前のことです。その当たり前を研究所の名前にするまでには紆余曲折がありました。研究所としての方向性を定めるべきだという話もありました。この議論は、定量研の前身である分子細胞生物学研究所のときにもあったものです。なぜなら、どんな生物にも分子も細胞もあるわけで、これという分野を想起させない名称だからです。

池上氏:確かにその通りですね。

白髭氏:ですから、何か特定の分野に絞るべきではという話もあったのですが、分子細胞生物学研究所の最後の年に、アドバイザリーカウンシルのメンバーに、いい人材が集まったことでもあるし、この研究所はダイバーシティを大切にするのがいいのではないかと言われ、なるほどと思いました。

池上氏:いろいろな分野の専門家がいれば、コラボレーションの可能性もありますね。

白髭氏:特に生命については、集団科学とでも言うのでしょうか、ひとつのテーマについて、それぞれの専門的な知識を持った人たちがコミットして最終的に一枚の大きな絵を描くような研究が主流になってきています。

今、定量研では高次機能である脳から、生命の設計図であるゲノムまでをカバーしていて、それらの共通のプラットフォームとして情報科学があるという構図になっています。この分野の研究者も、数学やプログラミングの知識も求められるようになってきました。

計測技術が進歩しているので、20~30年前に比べると、得られるデータの量が何億倍にもなっています。しかも、感度も上がっていて、かつては一個一個の細胞の集合としての100万個の細胞の中で何が起きているのかを話し合っていたのが、今は、その一個一個の持つ揺らぎまで解析できるようになっています。

池上氏:生命活動というと定性的な受け止め方がされてきましたが、定量的に分析する方向へ移行しつつあるんですね。

白髭氏:そうですね。近い将来、細胞や生体分子の振る舞いは数式で記述できるようになると期待しています。生物には定性的な側面もあるのでそこは無視できませんが、研究者は、測定して数値化し、標準化して、他の人にも信用されるものを示すという努力をずっと続けてきています。

ですから、今、一見、定性的に見えているものでも、突き詰めていけば定量的に説明できるようになり、そうなって初めて、物事を本質的に理解したということになると私は思っています。

すぐに役立つ研究はブレークスルーを生み出せない

池上氏:定量研は生命科学の基礎研究の場ですよね。基礎研究の大切さはわかっているつもりでも「どんな役に立つの?」という素朴な疑問を持つ人もいます。

白髭氏:すぐに役立つ研究は役に立たない研究だと言ったのはどなたでしたっけ。

池上氏:私も学生にいつもそう言っていますが(笑)、小泉信三ですね。今の上皇陛下の皇太子時代の教育係だった彼は「すぐ役に立つことはすぐ役立たなくなる」と言っていました。

白髭氏:まさしくそういうことですね。よく言われるように、ノーベル賞は、20年、30年前の実績を評価されて授与されることが珍しくありません。受賞者の中には、当時は誰も見向きもしなかった荒れ地に関心を持ち、一人で耕すようにして研究を始めた研究者もいます。耕す人が出てこなければ、そこは荒れ地のままだったでしょう。

研究所としてダイバーシティを大切にするというのは、そうやって荒れ地を耕すような研究をみつけて、そこを土壌に育てるということでもあります。ですから、別の意味のダイバーシティもこの研究所にはあります。ある程度、土壌が育って外部から自分で研究費を調達できる研究者にはそうしてもらいますし、そうではないけれど荒れ地を耕そうと研究者には、研究所としてサポートをして、そしてここに根付かせたいと思っています。

ある程度の自活を求められている以上、その道は切り開いていくしかありません。海外並みに企業との連携をしていくには企業が興味を持つような研究ができなくてはなりませんが、定量研には、構造生物学の分野で欠かせないクライオ電子顕微鏡がありますし、次世代シーケーンサーと呼ばれる装置もあります。こうしたものを企業と一緒に活用する方法もあります。

池上氏:定量研にも、20年後、30年後に花開くような研究をするんだという気構えが欲しいですね。

白髭氏:今の時点でいい研究を選別してそこにだけ予算を使うというのでは、これからいい研究になるものが育ちません。科学のレベルの底上げも、そうして浅く広く、今は誰も見向きもしないような研究にもお金が行き渡ることで達成されると思います。

池上氏:すぐに役立つ研究は、とてつもないブレークスルーには結びつかないわけですね。

白髭氏:その通りです。そして、ブレークスルーには技術が欠かせません。技術が進めば、それまで10倍の倍率でしか見えなかったものが100倍、1000倍の倍率で見えるようになり、情報量が増えます。科学のブレークスルーの前には、必ず技術のブレークスルーがあります。新しい技術によって新しい発見が生まれ、そこでアイデアが生まれる。科学はこの循環で成長します。ですから、目先の技術というのは、実は大切なことなのです。

研究者はもっと歴史とコミュニケーションから学べる

池上氏:今、新型コロナウイルスのワクチンとしてmRNAワクチンが注目されていますが、それも技術の進化があったからこそなんですね。

白髭氏:その通りです。ただ、RNAの研究者も、こんなに早くワクチンが実用化されるとは予想していなかったのではないかと思います。火急の事態があるとその分野がすっと伸びるという現実を目の当たりにしています。

池上氏:そのワクチンのおかげで新型コロナウイルスを終息させられたとしても、また別の危機は必ず訪れます。そのときにまた、基礎研究はどのように役立つのかを実感することになるでしょうね。一方で、今回起きていることは、100年前のスペイン風邪、14世紀のペストのように、後世の学びの対象となるでしょう。

白髭氏:科学でも歴史から学ぶ部分は多々あります。個人的には、たとえばスペイン風邪はどのように報じられ、どのように報道から消えていったのにもとても興味を持っています。定量研に池上先生に加わっていただいているのは、こうした、自分だけではなかなか勉強できないことを学びたいからでもあります。

池上氏:感染症の拡大は、研究者同士のコミュニケーションも変えてしまったのではないでしょうか。ダイバーシティが豊かな研究所であれば、ちょっとした雑談から思わぬヒントを得ることもあったはずです。

白髭氏:人と人との接触は、科学を進めるにもとても重要なものだということを、この1年で痛感しています。研究で行き詰まったときは「こんなことで困っているんだ」となるべく多くの人に言って回ることが大切です。その相手が多ければ多いほど、解決策が早く見つかります。ですから、隣は何をする人ぞではなく、隣の研究室の人とは雑談をすることで、思わぬ着想を得ることもあります。

池上氏:2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんも、旭化成社内の別の部署にいい材料があることを知り、それを使ったことでリチウムイオン電池を完成させることができたそうです。

白髭氏:それに類したことは沢山あると思います。となると、今、定量研はその逆を行ってしまっているかもしれません。海外から来られたアドバイザリーカウンシルのメンバーから、定量研は一人当たりのスペースが広すぎると指摘されたのです。マサチューセッツ工科大学などは、まさに三密の状態で、だからこそ、コミュニケーションが生まれ、いい研究が生まれるのだと。だからもっと一人当たりの面積を減らすべきじゃないかと言われました。そう指摘されてから海外の研究所を見学すると、確かに、たいていの研究所では定量研の半分くらいしかスペースがありません。

池上氏:ここは広すぎるという批判にはどう答えますか。

白髭氏:その分、人を増やそうかと思います。

池上氏:なるほど、狭くするのではなく人を増やすことで密度を上げるのですね。

若手が研究し続けられる環境を整備したい

白髭氏:今、研究職に就く若手が減っています。私は今、日本分子生物学会の理事長を務めているのですが、学会では30代の会員が著しく減少しています。先日の理事会でそのグラフを見た全員が絶句するくらいの右肩下がりなのです。定量研では、30代、40代の人が取り組んでいる分野が盛り上がっているという印象があるのですが、科学研究から若手が消え去ろうとしている現状を、なんとかしなくてはいけません。

池上氏:その問題について、定量研としてどんなことができるでしょうか。

白髭氏:2021年はその年に当たりますが、2年に1度は若手を一人か二人、採用しています。こういったことをしている研究所は非常に少ないと聞いています。

定量研は、教授以外はパーマネントではありませんが、任期が10年あります。

さきほど荒れ地を耕すという話をしましたが、耕している間は花も咲かなければ果実も得られない、つまり論文を書けないこともあります。ただ、5、6年、業績がないと居場所がなくなるというのでは、ブレークスルーにつながる研究はできません。

これもさきほど話しましたが、今、生命科学はいろいろな人が関わって1枚の絵を描くような研究が主流になっているので、業績を上げるまで、ますます時間はかかるようになっています。ですから、10年というのも正しいのかどうか、見直す必要もあるとしばしば感じています。

池上氏:研究はしたいけれど、やっとの思いで博士号を取得しても就職できないのではないか。そう思って、学部や修士の段階でさっさと就職してしまう学生も少なくないでしょう。

白髭氏:そういう学生もいますし、博士号を取得していったんは研究を選んでも、やっぱり金融業界に行きますという人もいます。

池上氏:金融業界は理系の人材を欲しいでしょうからね。そのためには研究職の待遇が改善される必要もありそうですが、研究者は好きなことをやっているのだから、そんなに給料が高くなくてもいいだろうというムードもありますね。

白髭氏:確かに、研究は道楽だと見なされていた時代もあります。ただ今回、人類の危機にワクチンが開発されたように、世の中のためにやっている側面もあるので、そこを理解してもらうための努力はしなくてはならないと思っています。

池上氏:そのワクチンも、日本は今、海外から供給を待つ立場になってしまっています。いろいろな面で、日本の存在感がしぼんでいるように感じますが、研究面でも若手が奮起してさすがだなと言われるようにならないといけませんね。

白髭氏:新型コロナウイルスの流行は、日本の生命科学にとってプレゼンスを示す数少ない機会でもあったのですが、それを国内でも国外でも示せなかったのは大きなことだと思っています。

池上氏:だからこそ、次の危機に備えた、ダイバーシティに富んだ基礎研究が大事です。定量研は2021年4月で4年目に入り、白髭先生も所長として4年目を迎えます。

白髭氏:在任中に、若手のインキュベーションセンターのようなものをつくりたいと思っています。問題は資金ですが、地道な努力を続けて、今は誰も見向きもしない、荒れ地を耕す研究を掘り起こしていきます。

基礎研究というのは、いいときもあれば悪いときもあります。それでもずっとやっていると、日の目を見ることもある。耕した荒れ地が土壌となり、そこで日々育ったものが、それぞれのタイミングで開花してくれれば、それが本望です。

池上客員教授よりコメント

私のような文系の人間は、物事をつい定性的に考えますが、その基礎になっているのは定量という指摘には、目を開かされたような思いがします。定量研にはこれからも、データを積み重ねて定性とされていたものを語る研究所であってほしいし、新たな研究者を育て、巣立たせるという意味でも、日本の生命科学を支える基盤になってほしいと思います。