Nature誌における紹介:
クロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームはヒストンとDNAから形成されており、その構造変換はDNAが関わる反応に重大な影響を及ぼすが、ヌクレオソームの形成・破壊機構はわかっていなかった。今回、ヒストンH3、H4と複合体を形成しているヒストンシャペロンの結晶構造が決定された。 |
解説:
免疫抑制剤FK506の結合因子核型PPIaseがヒストンシャペロンであること、そして核型FKBPが細胞内のrDNAサイレンシングに関与することを示した論文である。FKBPのヒストンシャペロン活性は他のヒストンシャペロン活性の作用機作とは異なること、また、核型FKBPのクロマチン機能を最初に示した内容となっていること等は、FKBPの研究においては斬新な内容になっている。この因子も1994年に単離し、1997年には生化学的結果を得ていながら、論文発表は2004年になるという信じ難い長い年月を経ることになった。FKBPは、ペプチジル・プロリル・シス・トランス・イソメラーゼであることから、蛋白質の構造変換機構のモデル系になり得る因子と考え、帰国後すぐに単離した因子の中でも、私が最も興味を示した因子のひとつである。その一方で、老化機構にとって重要な位置を占めるrDNAサイレンシングに関与することも示したため、細胞機能研究という意味では、細胞死、細胞増殖に引き続き、細胞機能に関する論文の第3弾となっている。 |
解説:
TATAボックス結合因子の相互作用因子として単離した機能未知因子CIBの三次構造を解明することによって、CIBの生化学的機能を明らかにした論文である。一次構造から生化学的機能を容易に推測できない場合に、三次構造の解明を通して生化学的機能を明らかにするという手法を取り入れた。これまで機能未知因子の生化学的機能を明らかにする手法をいくつも開発し、生化学的機能の解明を行ってきたが、三次構造の解明を通して、生化学的機能を明らかにした最初の論文となった。 |
解説:
細胞周期G1-S期におけるシグナル伝達を介した遺伝子発現制御機構の謎のひとつである、サイクリン依存性リン酸化酵素(CDK)によるRbの特定部位への選択的リン酸化が起こる仕組みを、Rb、CDK4/6の相互作用因子ガンキリンホモログ(Nas6p)の立体構造を解くことによって解明した論文である。この論文によってCDKの酵素活性は、a) CDKの活性部位近傍へのリン酸化、b) サイクリンによるCDKリン酸化の活性化、c) ガンキリンによるCDKリン酸化部位の特異性決定、といったように少なくとも三段階の素反応によって制御されていることが明らかになった。構造決定から1年後、Nas6pのヒトホモログである癌遺伝子産物ガンキリンの構造を解いたグループがいるという情報からそのグループに連絡し、back to backで論文が掲載されるように投稿、掲載されるに至った。なお、論文の主張する内容は、随分異なっているので、読み比べることを勧める。また、これまでの私の研究内容とは異なり、細胞機能分野での仕事となっている。 |
解説:
J.Biol.Chem., 278, 28758-28764 (2003)の結果を他のDNA結合ドメインに対しても適用できることを示し、更にヒストンシャペロンだけでなく、Genes Cells, 5, 29-42 (2000) に示したヒストンアセチル化酵素も含め、多様な正・負の制御を組み合わせた遺伝子制御の分子機構を示した論文である。これらの論文は、プロモーター上におけるDNA結合ドメイン、ヒストンシャペロンドメイン及びヒストンアセチル化酵素ドメインの関係を通して、プロモーターアクセスに関する分子機構論的解明を行った三部作となっている。 |
解説:
TFIID相互作用因子であるヒストンシャペロンCIAのファミリーのひとつが、精子の成熟過程期に特異的な発現パターンを示すことを解析した論文である。精子成熟過程特異的に発現するヒストンシャペロンCIAと転写伸長因子S-IIの発現パターンが相補的になっていることから、発生過程におけるクロマチン構造変換と転写反応との関連性を考察することが重要であることを示している。 |
解説:
Genes Cells, 5, 29-42 (2000)で示した考え方を更に進め、DNA結合ドメインの多機能性を示すために、DNA結合ドメインカラムを用いて相互作用因子を単離し、そのうちのひとつであるヒストンシャペロンTAF-1の解析を行うことによって、この考えを普遍化した論文である。ここでは、ヒストンシャペロンTAF-1がDNA結合ドメインと相互作用して、負の制御を行うことを示した。日本に戻って、DNA結合性因子に関して行いたかった幾つかの研究のひとつを、医学部から来た鈴木亨君(現:東京大学)が進めてくれた仕事が、Genes Cells, 5, 29-42 (2000)の論文であり、それを発展させたのが、この論文とMol.Cell.Biol., 23, 8528-8541 (2003)の論文である。 |
解説:
染色体機能領域と境界領域の形成の仕組みを明らかにした独創性に満ちた論文である。従来のboundary element, insulatorを用いて提唱されていた仕組みを「Fixed border model」と名付け、それに対して機能領域が先ず決定され、受動的に境界領域が決まるといった「Negotiable border model」を提唱しており、今後の染色体遺伝子制御研究の方向性を示すことが期待できる論文となった。この論文の内容は、発表以前から海外のミーティングで発表していたが、投稿後の長いreview process、そして、他の研究者のほぼ同一テーマでの論文とback to backで発表されるといった経緯をたどった。多くの研究者によって指摘されているように日本のような研究が行いにくい環境下でも、志の高い学生であれば、このように概念性の高い論文を発表できることを示し得た意義深い論文となっている。 |
解説:
正反応・逆反応を担う酵素において、その酵素活性部位近傍に共通構造を見出した論文である。ここで示した考えが一般化できればベストであるが、新しい考えを導入したことだけでも議論に値すると考えている。 |
解説:
TFIIDサブユニット内に存在するブロモドメインと相互作用する因子の一つとして単離・機能解析を行ったヒストンシャペロン(CIA)に関して、両者の機能的相互作用を解析した論文である。ブロモドメインがアセチル化ヒストンと結合することから、ヒストンシャペロンとヒストンアセチル化酵素との機能的相互作用を予想させる。また、クロマチン因子とDNA結合性転写基本因子との機能的相互作用を示した論文でもある。日本に戻ってすぐ、ブロモドメインと相互作用する因子のひとつとして、CIAを1994年に単離したが、両者の機能的相互作用についての論文発表するまでに8年もかかった。このことは、学生が自分で考え、提案してくることに対して私が議論し、発展させていくといったように学生の研究者としての将来を真剣に考えた方法をとると、学生がその研究の重要性や研究戦略を理解し、納得するまでにいかに時間がかかるかを明白に示している。また、研究の意義や重要性を理解する学生と理解しない学生の差が、余りにも大きいものであることを思い知らされることになった。また、日本での教員と学生が作る研究環境の影響力の大きさにただただ驚くばかりであった。当時、そのような状況を多少なりとも理解したと思われる筆頭著者の千村崇彦君(現:理化学研究所)はCIA研究を手がけた4人目の学生である。 |
解説:
細胞死は表現型の違いからアポトーシスとネクローシスに大きく分けられているが、核内ヒストンシャペロンCIAの欠損株の表現型解析により、両者の混合的表現型を示す細胞死の原型が出芽酵母に存在することを示した論文である。この論文によって、出芽酵母からヒト細胞に至るまで細胞死機構に共通の起源があるモデル(Prototypal cell death)を提唱した。線虫のProgrammed cell deathの発想と多細胞生物のアポトーシス研究(研究対象となったのはT-cell は単細胞である。)から発展してきた分野に異色となる独自性を持ち込むことによって、細胞死研究に取り組み、細胞機能レベルでの研究を手がけた最初の論文となった。 |
解説:
ヒストンアセチル化酵素Tip60複合体の単離・精製及び機能解析を示した論文である。Tip60複合体が転写だけではなく、DNA修復やアポトーシスにも関与することを示した内容となっている。同一の複合体あるいは単体が複数の生化学的反応に関与するという例は、ウイルス性因子で多く示されているため、概念性という視点からは特に新しいものではないが、新しい因子による新しい事例の提出に対して生物学者は敏感であることをCell誌に受理されていることが証明している。ヒストンアセチル化酵素をはじめ、多くの核内因子は複合体を形成し得るが、そのことは核内因子が多様な制御に関わらざるを得なかったことを示している。 |
解説:
クロマチン転写反応における転写基本因子TFIIEの機能的役割を解析するために、TFIIEの相互作用因子を多数単離し、その中の一つであったクロマチン関連因子SPT16/CDC68との機能的相互作用を示した論文である。日本に戻ったときは氷室がなかったために、1993年秋〜1995年秋にTwo-hybrid スクリーニングを行い、TFIIDをはじめとする転写基本因子に相互作用する機能未知因子を100種以上単離した。学会等で発表したものの、当時は多くの研究室でTwo-hybridスクリーニングが機能していなかったため、全く評価されなかった。現在、研究を展開している因子はこの時期に得たものばかりである。その数年後には、ほとんどの日本人研究者がTwo-hybrid スクリーニングを行っていたことには驚かざるを得なかった。研究に関するあらゆる点において、人に理解されない状況の問題点は、日本に戻って最初の5年間での研究生活で身に沁みることになった。その一方で、1995年のコールド・スプリング・ハーバー研究所ミーティングでの発表後、ニューヨークで8年間もの長きに渡って過ごし、研究者としての私の力量を最もよく知るDr. Roederが研究室のセミナーにおいて、「Masamiが、大事なクロマチン因子を全て取ってしまう。」と話していたことをRoeder研の研究員に聞くに及んで、それぞれの研究者が様々な研究環境下でどのように考えるか、また研究環境から生じる様々な問題点がまだまだあることを納得せざるを得なかった。 |
解説:
抗サイレンシング因子Asf1/Cia1がヒストンシャペロンであることを証明した論文である。CIAは、ヒストンのコア領域(ヌクレオソームの出入り口付近)に結合し、進化的に最も高度に保存されたヒストンシャペロンである。したがって、CIAの重要性は、TATAボックスに結合して働くTATAボックス結合因子に匹敵しうるヌクレオソーム関連因子といえるだけでも十分である。CIAの単離は1995年に、生化学的機能解析も1997年には終えてはいたものの、論文発表は2000年になるといったように、私の論文の中でも準備から発表までの期間が格段に長くかかった論文のひとつである。また、Nature誌のreviewにおいて、一人のreviewerが「よって、この論文のNature誌への掲載を強く勧める」といった全く批判のないコメントをしているにもかかわらず、もう一人のreviewerに「Nature誌への掲載に適している論文ではない」と全く批判にもならない評価をされ、結果的に競合相手の論文だけがNature誌に発表されるといった悪夢のようなことが起こり、すぐさまGenes to Cells誌に投稿することになった。 |
解説:
転写制御反応におけるDNA結合性因子のDNA結合ドメインと、ヒストンアセチル化酵素の酵素活性ドメインとの新しい相互作用を介したクロマチン因子のプロモーターアクセス機構モデルを示した論文である。通常の制御ドメインだけでなく基本ドメインも利用して、しかもあるドメイン(この場合、DNA結合ドメインおよび酵素活性ドメイン)がひとつの活性だけでなく、別の活性も持つために、新しい相互作用を介して転写制御が働くことを示した。当初、この論文はCell誌に投稿して、revisionを求められ、reviewerの様々なコメントに応えたが、ある一人のreviewerの「アセチル化が重要なことはすでに示されているので、論文に新しさはない。」という全く的を外れた理由から(この論文では、「ここに示すモデルでは、アセチル化反応は重要ではない。」と主張している。)、却下されるという事態となり、すぐさまGenes to Cells誌に送った。当時、editorであったDr. Lewinに抗議したものの、「判定はすでに下されている。」という回答しか返ってこなかった。この論文の主旨に近い論文が、その後、Genes & Dev.誌(14, 2441-2451 (2000))に掲載された。 |
解説:
FEBS Lett., 431, 131-133 (1998)の論文で提唱したルールが、我々が単離・機能解析したMYST-HATに対しても適用可能であるか否かを検証した論文である。酵素と基質との間に存在する特異性の問題は、最終的には三次構造レベルで議論されなければならないが、30年以上もの間、何のルールも見出されない状況下で、我々が見出し得たルールを、一次構造レベルで証明しようと試みた論文となっている。反応特異性は、決して1つの階層や基準によって決定されるわけではない。ヒストンN-テイル、酵素ドメインだけでなく、ヌクレオソーム複合体、HAT複合体に至るまで、その構成成分が複雑になるにしたがって、各階層レベルにおいて特異性が加えられ、それによって最終的な特異性決定がなされると考えられる。このような段階的に付加される特異性を考察し、三次構造レベルでルール化することが、今後の課題である。 |
解説:
ヒストンアセチル化酵素MYST-HATの単離・機能解明(J.Biol.Chem., 272, 30595-30598 (1997))を通して、ヒストンアセチル化酵素の基質(ヒストンN末テイルリジン残基)特異性をルール化しようと試みた論文である。日曜日の早朝、1時間で見出したルールである。誰もがヒストンのアミノ酸配列を手に入れることができるにもかかわらず、誰もそこにある重要なメッセージに気付かなかったのである。様々な情報が溢れているが、そこに何を見出すかということは、それぞれの研究者の独自の発想に依存する。そのことを示した研究である。この論文は、FEBS Lett.誌に発表したため、論文引用は皆無に近いものの、Dr. Allis(現:ロックフェラー大学)の「ヒストン・コード」の総説(Nature, 403, 41-45, (2000))に「Short preferred consensus... which help to establish the final histone code」として引用されている。ヒストン・コード仮説は、すでにDr. Turner(Cell, 69, 375-384 (1992)、Cell, 75, 5-8 (1993))によってその考え方の見本は提示されており、一部のクロマチン研究者には、常識となっていた概念であった。 |
解説:
TATAボックス結合因子TFIIDサブユニットの欠失によって引き起こされる生物学的表現型を示した論文である。転写制御研究を行っている研究者の殆どは、TATAボックス結合因子をはじめとする転写基本因子は個々の生命現象に対する解析には使用しにくいと考えているか、あるいは使用できないと考えているが、実際にはそうではなく、生命現象の研究が可能であることを示した論文である。また、このような変異体を得るのに、種の異なる、同一因子の同一ドメイン間での交換を利用し、機能解析したことも独特の戦略となっている。 |
解説:
ヒストンアセチル化酵素(HAT)単離・発表が非常に盛んに行われた時期(1996-1997年)に、唯一日本から単離・機能解析を行い発表した論文である。転写コアクチベーター=ヒストンアセチル化酵素という一般的な(流行の)捉え方からではなく、独自の戦略でHATの単離・機能解析に成功したことは、独自性があれば、競争から取り残されている日本からでも、世界に対抗しうる成果を挙げることが可能であることを示すことができた論文となった。また、1996-1997年に新規HATの単離・解析を報告した重要な論文でありながら、唯一Cell誌, Nature誌に発表されなかった論文でもある。その後の解析から、MYST-HATは真核細胞の染色体からの遺伝子発現制御機構を考える上で、最も重要なHATであることが様々な研究から明らかになってきている。 |
解説:
転写伸長因子S-IIファミリーのひとつが精子の成熟過程期に特異的な発現パターンを示すことを解析した論文である。転写伸長因子として発生特異的に発現するといった知見の最初の例となった。S-IIは、世界で初めて単離された真核細胞転写因子として捉えられているが、S-II様因子の同定は1970年頃から米国で相次いで行われていた。その後、S-II様の転写活性促進因子の研究は生物学的意義が見出せないことから、米国ではNIHからの研究助成が得られにくくなり、研究も続けることができなくなった。その結果、日本での研究が進んだ因子の代表例となった。しかしながら、1980年代後半以降日本から大きな進展がみられることはなく、一里塚となるような研究の多くが米国の研究者によってなされることになり、名称も次第にTFIISの使用が高まり、残念なことである。 |
解説:
転写調節因子による転写活性化に複数の経路があることを多数のTBPの変異株を用いて示した論文である。 この論文はよい出来栄えになっており、玄人好みの論文となっている。それまでに酵母の転写反応系を用いた生化学的解析を行っていなかったため、Kornberg研からの技術導入を行い、日本でいえば修士課程2年にあたるロックフェラー大学大学院学生と博士課程1年にあたる日本からの学生を教育・指導しながら論文を仕上げることになった。 |
解説:
TFIIDサブユニット内にヒストンフォールド構造が存在するであろうことをTFIIDサブユニットのcDNAクローニングを通して提出した論文である。当初、Letter 2報として投稿したところ、reviewer/editorよりArticle 1報として発表してはどうかと提案され、そのようにしたが、結局Letter 1報として発表されてしまった論文である。その後、TFIIDのクロマチンへの関与を示す研究の流れが生まれたことを考えると先駆的な論文であるが、TFIIDがヒストン様のDNA結合様式を持つであろうといった予測は、既に1988年の論文(Cell, 54, 1033-1042 (1988) 、Mol.Cell.Biol., 8, 4028-4040 (1988))で行っている。 |
解説:
転写基本因子TFIIBの構造と機能の相関関連性を示した論文である。TFIIDの生化学的解析により機能ドメインを明らかにした手法を用いて、網羅的な欠失変異体を利用した蛋白質機能ドメイン解析をTFIIBにまで広げた。転写基本因子の単離、cDNAクローニング、構造・活性相関における解析等いずれの内容も受理され易かった頃の論文である。 |
解説:
TFIIDの最大サブユニットCCG1が、TBPのTATAボックス結合活性を負に制御することを示した論文である。この論文は、競合相手の論文との結果が異なっていたため、双方に同様の結果が出るまで発表を控えるといった紳士協定がCell誌のeditorとの三者の間で結ばれた。ところが、相手の論文がNature Articleに発表され、この論文はGenes & Dev.誌に投稿し、掲載される運命をたどった。最終的にはこちらの論文の知見・見解が正しかったことが証明されている。また、この論文ではcDNA全長を単離し、発表しているものの、競合相手は部分的クローンで発表している。 |
解説:
TFIIDの最大サブユニットが細胞周期G1-S期進行制御因子Cell Cycle Gene 1 (CCG1)であることを示した論文である。この論文は、論文校正と論文審査レポートが同時に届いたばかりでなく、文章も編集部判断で改竄され短くなっていた。投稿論文では図が6枚あったものが2枚にされ、投稿後1ヶ月で掲載された。図4枚は結局、発表されず、4年後、ブロモシャドウドメインを示した総説 (Trends Biochem. Sci., 22, 151-153 (1997)) の中に、4枚のうちの1枚の図とほぼ同一の図が使われていた。 |
解説:
ヒトTFIID複合体の単離・精製を行い、TBPと相互作用するTFIID複合体の構成要因を明らかにした論文である。1985年の渡米以来、他の研究を進める一方で、約7年もの年月をかけてTFIIDを精製した。抗TBP抗体クロマトグラフィーにより精製を行ったが、ショウジョウバエTFIIDとは異なり、ヒトTFIIDの精製は、TBPに対する抗体のtiterが低いが故に困難を極めた。1kgのHeLa核抽出液から、100μlの抗体アフィニティークロマトグラフィーを繰り返し用いてTFIID複合体を精製し、サブユニットを同定するといったように困難や苦労が多かった論文でもある。この論文と、1983年のRNAポリメラーゼIIの大量精製法の確立の論文(J.Biochem., 93, 1523-1530 (1983))及びRNAポリメラーゼIIサブユニット同定の論文(J.Biochem., 94, 1761-1767 (1983))は、研究のあり方を確立する上で、最も基本となる論文となっている。 |
解説:
TATAボックス結合因子の立体構造を解明した論文である。その立体構造を初めて見た時の感想は、「美しい」の一言であった。TATAボックス結合因子を中心に研究を行うことが、転写制御機構の解明を最も容易にさせるはずであるといった独自の見解から、1985年以来、研究を進めてきた私には、感無量以外の何物でもなかった。また、立体構造解明における競合相手の数は多く、特にDr. Kornberg(現:スターンフォード大学)は、結晶化・ディフラクションの図を、コールドスプリングハーバー研究所ミーティング、キーストンシンポジアで2年間にわたって次々に示しており、我々は不安の中で研究を続けていたが、最終的には他に先駈けて構造を発表することに成功した。転写制御研究におけるその意義は、Nature誌の表紙になったばかりでなく、1年間の構造研究成果をまとめた“Macromolecular Structures”の表紙になったことからも容易に想像できるのではないかと思われる。 |
解説:
TATAボックス結合因子のDNA結合様式が、他のDNA結合性因子とは異なり、分子内ダイレクトリピート構造を利用してDNAに結合し、しかも、分子全体を使って結合することを示した論文である。点変異を分子内全体に導入して、TATAボックス結合因子の機能解析を試みた最初の報告となっている。DNA結合活性能を失うものの、転写活性化能を有したままでいるTATAボックス結合因子変異体の解釈をめぐってDr. Roederと合意に至らなかったため、論文が出来上がったまま、2年間眠ったままの状態であったが、最終的にはそのまま発表することになった。この論文を作成する頃には、現在の研究室で行ったヒストン点変異体の解析に関する研究戦略・展開の基本骨格は構築し終えていた。 |
解説:
TATAボックス結合因子がDNA折り曲げ能を有することを示した論文である。最初の結果は1990年に得ていたが、ローテーションの学生にまとめさせるために2年もの時間を経て発表された論文である。その後、TBP-DNA複合体の三次構造が解かれ(Nature, 365, 486-487 (1993))、多くの研究者がTBPによるDNAの折れ曲がった姿に驚いたが、その先駆けとなった生化学的論文である。また、TBP-DNA複合体の三次構造が解かれる前に、Cell, 67, 1241-1250 (1991)によって、TATAボックス結合因子がDNAの副溝に結合することも生化学的に証明してあったことも付け加えておきたい。 |
解説:
TATAボックス結合因子がTATAボックスに結合する際、DNAの主溝でなく、副溝に結合することを示した論文である。他のDNA結合性因子のほとんどが主溝に結合するのに対して、TATAボックス結合因子が副溝に結合するという異色なDNA結合様式を有していることを示した。TATAボックス結合因子をメインテーマとしていなかったグループとの競合になり、結果的にそのグループの論文とback to backで発表されることになった(Cell, 61, 1231-1240 (1991))。この頃になると、TATAボックス結合因子を含んだ研究は、海外のミーティングのポスターでの半分ほどを占めており、私が研究を開始した時には考えられない状況であった。その後、様々な転写因子やクロマチン因子が発見・解析され、ミーティングはいつも熱気に満ちているが、TATAボックス結合因子全盛期の時に感じた以上の熱気は、それ以降、転写やクロマチンのミーティングで未だ経験していない。 |
解説:
転写基本因子TFIIE-βをコードするcDNAの単離を報告した論文である。真核細胞の転写基本因子は、原核細胞の転写開始因子σから由来していると考え、転写基本因子TFIIEだけでなく、TATAボックス結合因子、TFIIBなど転写基本因子のcDNA単離の際にσ因子相同性領域を見出し、報告した。この考えが正しいか否か、いまだ明確にされていない。また、分子全体にわたって様々な因子との相同性を見出すことに努めた。 |
解説:
転写基本因子TFIIE-αをコードするcDNAの単離を報告した論文である。TFIIEのサブユニットはαとβの2種があるので、各々のクローンを2人の研究者が単離し、2報に分割してback to backでNature Letter に発表した。Roeder研出身のDr. Reinbergが競合相手となるDr. Tjianからの誘いを受けて共同研究を成功させ、Nature Articleとして同号に発表した。この頃には、転写基本因子の同定から約10年の歳月が流れており、転写基本因子の精製・cDNA単離・解析の論文は、どの雑誌に投稿しても受理される状況であった。あまりの競争は精神を消耗させると本当に実感した時期の論文でもあるが、あらゆる状況を考えなければならなくなった時期であり、私自身の主要テーマであるTFIIDを中心とした研究をおろそかにしながらも、よく頑張った頃の論文でもある。 |
解説:
転写基本因子の一つTFIIBの精製及びcDNAの単離を発表した論文である。TFIIBにもTATAボックス結合因子同様ダイレクトリピート構造が存在した。Nature誌 Articleに投稿したところ、受理された同じ内容の論文があるという理由から却下され、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.誌にすぐに投稿することになった。転写基本因子の精製、及びcDNA単離を行っていながら、Nature誌でない論文となった。 |
解説:
TATAボックス結合因子のC末側の進化的保存ドメインが細胞増殖に必須であることを示した論文である。この論文はScience誌にてArticleとしてreviewされたが、理不尽としか考えられない理由で却下され、Mol. Cell. Biol.誌に投稿した。Mol. Cell. Biol.誌での審査中にCell誌に同様の論文が発表されることになったが、「最近、Cell誌 (Cell, 65, 333-340, 1991、Cell, 65, 341-348, 1991、Cell, 65, 349-357 (1991))に発表された論文より素晴らしい論文」とreviewerに絶賛される論文となった。研究の内容と雑誌名が必ずしも等価ではないことを学生に知ってもらう良い例となっている。したがって、当時のTATAボックス結合因子研究の華々しさ、そして誰もが理解できるような流行の研究になってしまった研究競争の厳しさから生まれる明暗を反映した論文となっている。 |
解説:
細胞内在性制御因子によって、HIV-1転写反応が抑制される機構を明らかにした論文である。ウイルス遺伝子の転写反応は、宿主の因子との相互作用によって正・負に制御されるはずであり、実際そのことをTATAボックス周辺領域で起こる正・負の転写制御機構を示した。この論文を作成した時には、その後HIV-1関連の論文を発表するとは思っていなかったが、Tat結合因子のひとつであるTip60を単離し、及びヒストンアセチル化酵素活性という生化学的機能を発見することにより、クロマチン分野に本格的に参入することになったことを考えると、因縁めいたものを感じざるを得ない。 |
解説:
転写基本因子の一つTFIIEの精製を行った論文である。ロックフェラー大学で研究を始めた頃、当時のRoeder研では塩基配列特異的DNA結合性転写因子の単離・解析研究を研究室全体で行っており、RNAポリメラーゼII系の転写基本因子の解析は、TATAボックス結合因子の単離・解析を進めていた私以外、研究室には誰一人いなかった。一方で、Roeder研出身のDr. Reinberg(現:ニューヨーク大学)が独立して自分の研究室を持ち、転写基本因子の単離を精力的に行っていた。その結果、転写基本因子におけるReinberg研との研究期間の差は3年に広がっていたが、二人の日本人によってTFIIE、TFIIFの研究を再開することになった。その後、競合相手として突然登場することになったDr. Tjian(現:カリフォルニア大学)とDr. Reinbergが共同研究者として組んでしまうという想像も及ばなかった事態になったこと、TFIIEの単離・解析において、独自の戦略・戦術で数ヶ月という短期間で精製法を確立・完了させたことなど思い出のある論文のひとつとなっている。また、この論文は、当時話題となったPNAS誌4報連報として掲載された論文のうちの1報である(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 87, 9148-9152, 9153-9157, 9158-9162, 9163-9167 (1990))。 |
解説:
1988年に発表した転写調節因子ATFによる転写活性化機構に関する論文の研究成果を植物の転写調節因子に適用させて、より詳しい作用機構解析を行った論文である。植物由来の転写因子を用いて分子機構レベルで解析した最初の研究として高い水準にある。この論文はロックフェラー大学タワービル14階(私は15階)のChua研の大学院学生だった片桐文章君(現:ミネソタ大学)の研究テーマになった。植物の転写調節因子の活性をin vitroで再現させたことは、当時としては画期的であった。条件検討の段階で提示した条件によって、1.5倍しかなった転写調節因子の促進活性を30倍に引き上げることに成功させた時の関係者の驚きぶりはなかった。in vitro系の真骨頂である。 |
解説:
TATAボックス結合因子が転写開始点領域より下流域に結合して働くことが、転写開始反応に重要であることを示した論文である。TATAボックス結合因子の研究が全盛の時期に、下流域プロモーターとTATAボックス結合因子との関係を解明するという、中谷喜洋さん(現:ダナ・ファーバー癌研究所)との共同研究がキーストン・シンポジアでの会合から始まり、その後、TATAボックス結合因子及び転写基本因子において数年続く実り豊かな共同研究の第一歩となった。転写開始点より下流域の重要性は、次第に注目されていくが、ヒストンH4やH2B遺伝子の領域依存性の違いに関する詳細な解析を1987年に進めており、幾つかの論文ですでに議論していた。1988年にヒストン遺伝子に関する論文もほぼ出来上がっていたが、TATAボックス結合因子に関する二度とないであろう信じがたい程の競合的研究に忙殺され、未投稿のままとなっている。結果が全てそろっていながら、その後、発表していない未投稿論文のひとつとなっている。こういった時は、他の研究グループとの共同研究として発表することがよいのかも知れない。 |
解説:
植物由来のTATAボックス結合因子のcDNA単離を通して、植物TATAボックス結合因子には2つの遺伝子があることを示した論文である。Chua研との共同研究で、Chua研の博士研究員Alex (Gasch)君と、私の大学院学生Alex (Hoffmann)君という、2人のドイツ人Alex君によって、TATAボックス結合因子をコードする2つの遺伝子を植物から単離・解析した。ヒトのTATAボックス結合因子のcDNA単離を行った論文(Nature, 346, 387-390 (1990))とこの論文は、内容の違いからNature誌にArticleとして各々投稿したが、Letterとしてback to backで発表されることになった。 |
解説:
TATAボックス結合因子の機能・構造の進化的保存性を知り、転写制御機構の共通性、多様性を理解するために、ヒトからTATAボックス結合因子のcDNAを単離し、種特異的な領域と進化的保存領域のあることを示した論文である。大学院学生のHoffmann君(現:カリフォルニア大学)が、山本融君(現:北海道大学)の協力を得て、単離・解析することに成功した。Dr. Sinn、Dr. Roy(現:タフツ大学)は他の方法でヒトTATAボックス結合因子のcDNAの単離を進めていたので共著者となっているが、基本的にはHoffmann君と山本融君の論文である。当時、TFIIDの研究でCell誌が全て埋め尽くされた内容のパロディ版Cell誌のcontentsを描いたものが、faxを通して米国の主要研究者に配られ、Science誌でそのことが話題になった。 こんなことも起きるほど、TFIIDの注目度が頂点に達していた時期の論文である。 |
解説:
TATAボックス結合因子の構造と機能の相関活性を示した論文である。TATAボックス結合因子に対して、N末側から、及びC末側から、そして内部に欠失変異を段階的に導入して、TATAボックス結合活性と転写基本活性に関するドメイン機能解析を行った。N末側を除く全領域が両方の活性に必要であるという結果から、2つの活性を分離できないことを示した。ほぼ全領域が活性に必要であることになり、他の配列特異的DNA結合性因子のDNA結合ドメインとは状況が大きく異なることが明らかとなった。その後のTATAボックス結合因子の三次構造解析結果をみれば、この結果は当然の内容であることが分かる。TATAボックス結合因子の構造と機能の関連性に関する論文の最初のものであり、日本から来た山本融君(現:北海道大学)に仕上げてもらった。その後、TATAボックス結合因子の構造と機能に関する詳細な解析を行った論文(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 89, 2844-2848 (1992) 、Nature, 369, 252-255 (1994))が生まれることになった。 |
解説:
1984年に単離され、遺伝学的・細胞生物学的に解析の進んだHomeo box因子が実際に転写因子として機能していることをin vitroで再現し、しかも2種類のHomeo box因子の組み合わせによる正・負の転写制御機構を明らかにした論文である。この論文で議論されている分子機構は、大学院学生が転写制御機構の基本を学習していく上での良いモデル論文にもなっている。Homeo boxの発見は1984年に行われるが、そのHomeo boxを発見するチームに属し、Fushitarazu遺伝子などを単離・解析した研究者が、科学者として成長する時期の私に大きく影響を及ぼした大学院の研究室の先輩である黒岩厚さん(現:名古屋大学)であったことを考えると、このような仕事をしたことは非常に感慨深い。 |
解説:
TATAボックス結合因子の遺伝子を単離した論文である。蛋白質を大量精製してTATAボックス結合因子全体の約半分にあたるアミノ酸配列を決定、遺伝子クローニングに成功した。氷室にこもることが大切だという考えが主流であった時代であり、学部4年生から数えて10年間の氷室から生まれる生化学的解析の経験を最大限に生かし、アミノ酸配列を大量に得ることによって遺伝子単離スクリーニングに有効なオリゴヌクレオチド配列を得た。大腸菌の増殖速度に合わせて実験を行い、スクリーニング開始から約10日間で遺伝子を単離した。分子生物学手法に関しては、助川淳さん(現:東北大学)、福岡伸一さん(現:青山学院大学)とのクローニング、PCRに関する議論を通して学んだ。研究の「独創性」を発揮できるかについての不安はこの時にはすでになくなっていたが、「競争」下におかれての研究も戦略・戦術に関して工夫をすれば何とかなるといった自信をこの論文を通して得ることになった。この論文は、その当時の転写制御分野での大きなブレークスルーになった。 当時の熱い状況はNature誌やScience誌の記事を見れば、知ることができる。 |
解説:
TATAボックス結合因子の精製に関する論文である。当時、ヒト細胞からのTATAボックス結合因子の精製は困難を極めたため、他の研究者はヒト細胞を諦め、出芽酵母からの精製を進めていた。私自身はヒト細胞からの精製を続行していたが、Dr. Sharp(現:マサチューセッツ工科大学)が「精製を終了させ、アミノ酸配列を一部決めた。」とゴードン・カンファレンスで発言したと聞き、その後Weil研と共同研究を始め、出芽酵母細胞抽出液および粗分画を送ってもらい、短期間で精製法を確立した。当時、TATAボックス結合因子の精製にあたって出芽酵母とヒトのいずれの細胞を用いるかに関し、両者を取る、どちらか片方を取る、あるいはどちらも諦めるといった選択肢があったが、ヒトTATAボックス結合因子の研究で芳しい成果がでなかったSharp研とChambon研のグループで酵母を用いて精製が順調に進んだらしいという情報から、出芽酵母に切り替えて精製することに決めた。結果的に、この論文がTATAボックス結合因子精製の最初となった。 |
解説:
TATAボックス結合因子のTATAボックスへの結合領域の多様性を示した論文である。TATAボックス結合因子のTATAボックス結合活性を検出することは非常に困難を極め、粗分画としてきちんと示せたのは、我々の知見とDr. Parker(現:カリフォルニア工科大学)らのショウジョウバエ培養細胞抽出液を用いてのTFIID分画からの知見のみである。当時、reviewerからのコメントやミーティングでの様々な研究者からの意見・反響からこの論文の発表が広く待ち望まれていたことがわかった。 |
解説:
Cell, 54, 1033-1042 (1988)の論文の成果に基づき、転写活性量を中心に解析を進めた論文であり、その論文の結果を補強した形になっており、back to back で発表された。Cell誌での2報連報は当時、驚異的であった。この論文を発表するにあたって、米国式の共同研究とはどういうものかについて多くを学んだ。拙い英語でほぼ数日おきに行った共同研究者であるDr. Hai(当時:ハーバード大学、現:オハイオ州立大学)との電話での議論は、忘れることのできない体験であり、貴重な財産となった。また、Dr. Green(当時:ハーバード大学、現:マサチューセッツ医科大学)と行った創造的で厳しい議論を日本ではまだ経験していないが、当時行った科学的に質の高い議論をできる環境を日本で是非作り上げたいと思う。 |
解説:
「DNA結合性因子」がどのようにして転写活性化を行うのか、その仕組みを明らかにした論文であり、その後の転写制御機構研究の方向性を決定づけることになったとされる。この論文は、多様なDNA-蛋白質、蛋白質-蛋白質間相互作用を中心として転写活性化素過程に解析・検討を加え、その分子機構を明らかにしている点から一読を勧める。この論文の内容は、様々なミーティングで公表されていたため、論文発表以前に知れ渡っており、論文発表前に不条理な批判があったり(P. B. Sigler, Nature, 333, 210-212, 1988)、論文発表後も間違って解説されたり(W. Schaffner, Nature, 336, 427-428, 1988)と、何かと注目の的になった論文でもある。また、「転写制御研究の集大成」といったreviewで受けた賞賛に対してのDr. Roeder(現:ロックフェラー大学)の嬉しそうな表情や、夜中の2時頃まで、Dr. Roederの自宅で行ったrevision対策の議論は今でも忘れられない一コマとなった。また、いつも先を走っていた原核細胞の転写制御研究を追い抜いた論文でもある。 |
解説:
Cell, 54, 1033-1042 (1988)、Cell, 54, 1043-1051 (1988)の結果に基づいて、DNA結合性因子がTFIIDにどのように相互作用するかを示した論文である。転写開始制御機構における転写調節因子の転写活性化ドメインの機能的役割を明らかにした。これらの論文より後に作成した論文が、共同研究者のDr. Ptashne(当時:ハーバード大学、現:メモリアル・スローン・ケタリング癌研究所)の意向でこの論文がまず掲載されることになったと聞いている。DNA-蛋白質間相互作用活性の変換活性で蛋白質-蛋白質間相互作用を検出する方法を考え、転写活性化ドメインの機能的役割を明らかにするといった実験は、Dr. Ptashneに「Excellent!」、「Beautiful!」と評価されることになった。この論文はrevisionなしで受理され、Dr. RoederはCell 誌で初めてrevisionを要求されることなく採択されたと喜んだ。 |
解説:
RNAポリメラーゼII活性促進因子S-IIには、リン酸化型S-II’、及びtruncated型S-I(b)が存在するが、それらの構造・機能活性の相関関係を解き明かした論文である。転写促進活性に関して定性的にも定量的にも差が見出されなかったことを利用し、プロテアーゼ切断によるドメインマッピングを通して、S-IIの構造と機能活性の相関関係を明らかにした。S-IIが転写促進活性を有するドメインとリン酸化されるドメインを独立に有することを示し、当時の転写因子研究としては、画期的といえる内容となっている。RNAポリメラーゼIIに存在するS-II結合サブユニットをプロテアーゼ感受性で同定するといった手法で解析している時に、S-IIのある領域がキモトリプシンによって切断を受けることを見出し、発展させることに成功した論文である。この論文で得られた知見は、S-IIのcDNA単離後のアミノ酸配列及びその後の解析から切断部位等が追認されることになり、発想や結果が正しかったことが証明された。当時、何段階かの論理を積み上げ、結論を導き出す過程に躍動感のような感覚を持ち始めた頃であり、この論文はそういったスタイルで作り上げた最初の論文でもある。 |
解説:
真核細胞生物の転写因子として、ステロイドレセプターと並んで最初に単離・解析されつつあったRNAポリメラーゼII活性促進因子S-IIが、転写反応にどのように関わるのかを明らかにするために、純化したRNAポリメラーゼII及びS-IIを用いて、RNAポリメラーゼIIとの相互作用解析及び転写開始、伸長反応における転写複合体解析を行った、大学院修士課程における論文である。長年の課題となっていたRNAポリメラーゼIIとS-IIとの安定な機能複合体を生み出す条件を論理的な考察を通して見出すことによって、いつも不安に思っていた研究者としてやっていけるであろうかという点を打破するに至った実験を含む、思い出深い論文でもある。 |
解説:
RNAポリメラーゼIIサブユニットの内のDNA結合活性を示すサブユニットを同定した論文である。それまでになかった新しい手法2つを含む3つの手法を用いて解析し、同一の結論を得ることに成功した。これらの結果を得るのに、1ヶ月程度であったことも懐かしい。当時、学問の質の平均レベルが現在のEMBO J.誌と同程度であったJ. Biol. Chem.誌でreview後却下され、不可解な理由で採択されないことが起こることを経験した最初の論文でもある。また、RNAポリメラーゼIIサブユニットの機能解析の例として基質結合サブユニットの同定、S-II相互作用サブユニットの同定なども行ったが、学位論文迄に仕上がらず、時間切れで発表されずじまいとなってしまった。それでも大学院学生時に、筆頭著者論文5報、共著者論文7報を仕上げた。最近の学生は論文発表にかける情熱があまりにも小さいように思えるので驚く。何故なら、一人前の科学者になるには、論理性のある論文を数多く仕上げることが非常に大切だからである。 |
解説:
RNAポリメラーゼIIのサブユニットの同定を行った論文である。当時、RNAポリメラーゼIIの研究は、米国を中心とするDr. Roeder一派、欧州を中心とするDr. Chambon一派による二大巨頭時代であり、それぞれRNAポリメラーゼII、RNAポリメラーゼBといった異なる名前を使っていた。RNAポリメラーゼIIのサブユニットの同定は既に解析され、8個とされていたが、RNAポリメラーゼIIの精製基準を上げることによって、12個からなることを示した論文である。苦労した代表的論文であるMol.Cell.Biol., 8, 4028-4040 (1988)、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., (1992)に並ぶ論文であり、その後のComponentの新しさや厳密性に執着する私の姿勢の礎になった論文である。 |