研究内容


 発生分化構造研究分野は、真核生物における遺伝子発現制御機構の解明を目指し、反応の中心因子を進化的高保存因子と想定し、それらを独自の手法で機能未知因子として単離し、その機能解明を行った上で、生化学、分子生物学、遺伝学、構造生物学など手法に制限を加えず解析を進め、世界をリードする独自性の高い様々な概念を提示しています。

新たな概念の創出


 上は1950年代から1970年代にかけて成立した‘ジェネティック’情報からの遺伝子発現制御を示した従来のセントラルドグマを示したもの、下は‘エピジェネティック’情報からの遺伝子発現制御を示した当研究室が提唱するセントラルドグマを示しています(関連文献を執筆中)。従来のセントラルドグマと異なる点は、エピジェネティック情報の担い手として、DNAのみならずヒストンを加えている点です。理由は真核生物ではヒストンの周りにDNAが巻き付いてヌクレオソーム構造を形成することによって、DNAが高度に折りたたまって遺伝子活性が抑制され、その上でヒストンが様々な化学修飾を受けながら、様々なクロマチン構造変換因子にその効果をもたらし、ヌクレオソーム構造の変換が誘起され、遺伝子活性状態が制御されているからです。ヒストンが加わることによって、必ず新しい原理が加わったと考えるからです。


新規クロマチン因子の単離と機能解析



 このヒストン化学修飾とヌクレオソーム構造変換により、エピジェネティック情報からの遺伝子発現が制御されていますが、当研究室では上図に示すように、遺伝子制御の正の中心因子であるTFIIDに着目して、様々なクロマチン関連因子と様々な機能未知因子を単離し、これらの因子を下図に示すように、生化学、分子生物学、遺伝学、構造生物学など手法に制限を加えることなく解析を進め、進化的に最も保存されたヒストン化学修飾酵素としてヒストンアセチル化酵素MYST-HAT、進化的に最も保存されたヌクレオソーム構造変換因子としてヒストンシャペロンCIA、そして進化的に最も保存されたイソメラーゼとしてPPIaseにヒストンシャペロンとしての働きがあることを世界に先駆けて明らかにしてきました。新しく単離・機能解析を進めたクロマチン関連因子の種類は世界随一を誇っています。その上で、次に示すような様々な概念や原理を見い出してきました。

J.Biol.Chem., 272, 30595-30598 (1997)
Genes Cells, 5, 221-233 (2000)
Genes Cells, 5, 251-263 (2000)
Cell, 102, 463-473 (2000)
Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 99, 9334-9339 (2002)
Nature Struct.Mol.Biol., 11, 275-283 (2004)
Nature Struct.Mol.Biol., 13, 331-338 (2006)
Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 104, 4285-4890 (2007)


ヌクレオソームの半保存的複製モデル


 図はヌクレオソームの半保存的複製機構についての概念図を示しています。

 ヌクレオソームの複製機構ではヌクレオソームの構成要素ヒストン八量体が無作為に分配されると教科書等には記述されていますが、当研究室では30年来安定であると考えられてきたヒストン(H3-H4)2四量体を二つのヒストンH3-H4二量体に分割する活性をCIAが有することを示しました。この知見から、ヌクレオソームはDNA同様、半保存的複製を行うことが予想されます。ヌクレオソームが半保存的に複製されるならば、図の右上に示すように、ヒストンの持ち合わせるエピジェネティック情報も親鎖ヌクレオソームから娘鎖ヌクレオソームへ均等に伝達されると考えられます。これらの結果により、エピジェネティクス最大の課題を解決することに至るのではないかと考えています。


Nature, 446, 338-341 (2007) 


Negotiable border モデルの創出


 原核細胞のオペロン説は個々の遺伝子の発現調節機構を示し、遺伝子発現制御の基盤原理となっています。当研究室では長年、この原理だけでは説明できない、真核細胞における遺伝子発現制御様式として、複数の遺伝子から成り立つ染色体機能領域の形成を制御する仕組みを想定し、その課題の解決のためには染色体の機能領域及び境界領域形成機構を明らかにすれば問題は解決されると考え、その解答を得ました。図は当研究室で単離したヒストンアセチル化酵素MYST-HATの解析を通じて提出した、Negotiable border modelの概念図を示しています。出芽酵母には遺伝子発現が不活性化した領域の代表として図の左に示すテロメア領域と、右に示す接合型遺伝子座があります。これらの領域では遺伝子発現活性化領域と不活性化領域が隣り合い、境界領域を形成しています。これら機能領域と境界領域は、ヒストンアセチル化酵素MYST-HATとヒストン脱アセチル化酵素Sir2によるヒストンH4の16番目のリジン残基のアセチル化、脱アセチル化のせめぎあいによって形成されていることを示し、従来考えられていたDNAの特殊な塩基配列、すなわちインシュレーター依存に形成されるFixed borderに対して、この変動可能な境界をNegotiable borderと名づけました。Negotiable borderでは二種類のDNA塩基配列に結合する二種類のDNA結合因子に対して二種類のヒストン化学修飾酵素が働くといった考えが基盤になっています。

Nature Genet., 32, 370-377 (2002)
Genes Cells, 9, 499-508 (2004)


ヒストン点変異体の網羅的解析を通しての全核内DNA介在反応の解析


 ヒストンはDNAとともに染色体の基本構造であるヌクレオソームを構成し、DNA上で起こる様々な反応の抑制因子として働いています。したがって、転写やDNA複製、DNA修復といったDNA上で起こる反応を理解するためには、ヒストン、特に反応が起こる過程で様々な因子と相互作用するヒストンの分子表面、がそれらの反応にどのように関与しているかを明らかにすることが必須です。しかし、1997年にヌクレオソームのX線結晶構造が報告されているものの、ヌクレオソームのどの分子表面がそれらのDNA上の反応に関与しているかは不明でした。

 そこで当研究室はヌクレオソームの分子表面に位置する320箇所のアミノ酸残基ひとつひとつに対して出芽酵母の点変異体を作成し、転写開始、転写伸長、DNA複製、DNA二本鎖切断修復における機能欠損を検出する検定を用いて320個の点変異体の表現型を解析しました。その結果、それぞれの反応系で機能欠損を示す点変異体同定し、それぞれの反応系に関与するヌクレオソームの分子表面を決定しました。これにより、それぞれの反応系に共通に使われる分子表面がある一方、それぞれの反応系で使い分けられている分子表面が存在することを明らかにしました。

Genes Cells, 12, 13-33 (2007)