生と死の脳内表象メカニズム
私たちはどのようにして他者の生や死を認識しているのでしょうか?
動物は、集団内の他個体に対して攻撃行動や協調行動といった、適切な行動を選択します。一方、他種の動物に対しても、餌であれば狩猟行動を、天敵であれば逃避行動を示します。このように動物にとって「生物体」とは、同種異種にかかわらず自身の適応度に直結する「特殊なオブジェクト(物体)」であり、世界に点在する石や土といった無機質なオブジェクトとは一線を画するものだと言えます。従って、現実世界を生き抜く上で、生物体とオブジェクトを区別する認知神経メカニズムは極めて重要な意味を持っています。このような相手の「生」を認識する知覚はアニマシー知覚と呼ばれており、脳内でオキシトシンニューロンの機能が寄与する可能性が示唆されてきました。
その逆、「死」の認識の神経メカニズムは驚くほど分かっていません。果たして、我々は他者の「死」を、脳内でどのように表象し、「死」という概念・認識が生まれているのでしょうか?他者の死を、感覚器でどのように知覚し、「死」の認識中枢へと情報伝達しているのでしょうか?さらには、私たちにとって、死体とは「他者」の一形態なのか、「物体」の一形態なのでしょうか?
アリストテレス著作の『動物誌』に始まり、生命科学の歴史とは「生」のメカニズムの探究の歴史に他なりません。一方で、相反する概念である「死」とは、極めて神秘性と禁忌性を伴ったテーマであり、その認識のメカニズムの理解は近現代においても驚くほど進んでいない。生と死は不可分な表裏一体の概念であり、私たちはこの理解のため、学術変革領域(B)「死の脳内表象:「死」はどのように認識されるのか?」を立ち上げ、行動学・神経科学・分子生物学・進化学的など多様な観点から、「死」の認識の解明という学際的フロンティアにアプローチしています。