自閉症スペクトラム障害は、社会性コミュニケーション能力の低下を伴う精神疾患です。自閉症(Autism)がギリシャ語のautos(自己)に語源を持つように、古くからその病態は「自己が他者から隔絶された」状態と理解されてきました。2024年のアメリカ疾病予防管理センター(CDC)の報告によると、全米人口の約2.8%(36人に1人)という膨大な数の人々が自閉症を罹患しており、その経済損失額は全米で年間23.6〜26.2兆円におよび、私たちの現代社会が直面している大きな課題の一つです。

自閉症患者の「自己」は、なぜ孤立するのか?

オレンジ色の分子の全てが自閉症関連遺伝子

さて、自閉症の分子基盤を解明する目的で、自閉症関連遺伝子の大規模スクリーニングが行われ、ニューロン上のシナプスやスパインの形成に関与する遺伝子の異常が自閉症を引き起こすことが分かってきました。しかしながら、自閉症原因遺伝子として最も精力的に研究が行われているshank3遺伝子ですらも、変異が見られるのは自閉症患者全体の1%以下であり、shank3以外の遺伝子に至っては、それよりも低いことも明らかになりました。なぜ、多様な遺伝子の変異が、自閉症という「ある特定の病態」を引き起こすのか?、どのニューロンの機能がどのように障害されているのか?という最もコアなクエスチョンが未だ解けていないのです。

このShank3が欠損したマウスは社会性コミュニケーションの異常などを示し、世界的に最もメジャーな自閉症モデルマウスの一つとして盛んに研究が行われてきました。興味深いことに、この自閉症マウスはヒト自閉症患者と同様に、他者を記憶する能力の低下である社会性記憶異常を示します。そこで私たちが以前に「他者についての記憶(社会性記憶)を貯蔵する」ことを示していた海馬腹側CA1領域のニューロン(Okuyama et al., Science, 2016)の活動パターンを調べたところ、社会性記憶ニューロンの活動の同期性・シークエンス性のどちらにも異常があり、正常に社会性記憶ニューロンが形成されていないことが分かりました(Tao et al., Molecular Psychiatry, 2022)。

さらに、アデノ随伴ウイルスや細胞外小胞を利用して、脳の特定の領域で目的遺伝子を機能欠損できる「in vivo ゲノム編集法」により、海馬腹側CA1ニューロンのみにおいてshank3遺伝子を機能欠損させたところ、マウスは社会性記憶障害を示しました。この結果は、上記の自閉症モデルマウス(Shank3-KOマウス)で観察された社会性記憶障害が、やはり海馬腹側CA1の異常に起因することを強く示唆しています(Chung et al., Nature Communications, 2024)。

また、細胞外小胞を用いたゲノム編集技術では、CRISPR/Cas9タンパク質そのものを標的領域に送達するため、細胞外小胞の濃度を希釈することで段階的にゲノム編集する細胞数を制御できることがわかりました。shank3遺伝子を欠損させた海馬腹側CA1ニューロンの数を少しずつ増やしていくと、「ある閾値を超えた」時に、社会性記憶に異常が生じることが示唆されました。どうやら、他者についての記憶を保持する細胞集団のある一定の割合以上が機能しなくなると、私たちはその相手を思い出せなくなるようですChung et al., Nature Communications, 2024)。

現在、この海馬こそが自閉症治療の標的の一つになるのではないかというアイディアのもと、新規治療戦略の確立を目指しています。私たちの研究チームは、平成29年度よりJST「さきがけ」(研究テーマ:自閉症の病態解明を目指した樹状突起スパインの光操作)、及び、日本学術振興会「卓越研究員事業」(研究テーマ:自閉症スペクトラム障害における、社会性ニューラルアンサンブルの情報処理機構の解析)に採択され、自閉症の神経メカニズムの中核的要素にアプローチしています。