このShank3が欠損したマウスは社会性コミュニケーションの異常などを示し、世界的に最もメジャーな自閉症モデルマウスの一つとして盛んに研究が行われてきました。興味深いことに、この自閉症マウスはヒト自閉症患者と同様に、他者を記憶する能力の低下である社会性記憶異常を示します。そこで私たちが以前に「他者についての記憶(社会性記憶)を貯蔵する」ことを示していた海馬腹側CA1領域のニューロン(Okuyama et al., Science, 2016)の活動パターンを調べたところ、社会性記憶ニューロンの活動の同期性・シークエンス性のどちらにも異常があり、正常に社会性記憶ニューロンが形成されていないことが分かりました(Tao et al., Molecular Psychiatry, 2022)。
さらに、アデノ随伴ウイルスや細胞外小胞を利用して、脳の特定の領域で目的遺伝子を機能欠損できる「in vivo ゲノム編集法」により、海馬腹側CA1ニューロンのみにおいてshank3遺伝子を機能欠損させたところ、マウスは社会性記憶障害を示しました。この結果は、上記の自閉症モデルマウス(Shank3-KOマウス)で観察された社会性記憶障害が、やはり海馬腹側CA1の異常に起因することを強く示唆しています(Chung et al., Nature Communications, 2024)。
また、細胞外小胞を用いたゲノム編集技術では、CRISPR/Cas9タンパク質そのものを標的領域に送達するため、細胞外小胞の濃度を希釈することで段階的にゲノム編集する細胞数を制御できることがわかりました。shank3遺伝子を欠損させた海馬腹側CA1ニューロンの数を少しずつ増やしていくと、「ある閾値を超えた」時に、社会性記憶に異常が生じることが示唆されました。どうやら、他者についての記憶を保持する細胞集団のある一定の割合以上が機能しなくなると、私たちはその相手を思い出せなくなるようです(Chung et al., Nature Communications, 2024)。