IQB Annual Report 2020
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| IQB Institute for Quantitative Biosciences6ければ多いほど、解決策が早く見つかります。ですから、隣は何をする人ぞではなく、隣の研究室の人とは雑談をすることで、思わぬ着想を得ることもあります。池上 : 2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんも、旭化成社内の別の部署にいい材料があることを知り、それを使ったことでリチウムイオン電池を完成させることができたそうです。白髭 : それに類したことは沢山あると思います。となると、今、定量研はその逆を行ってしまっているかもしれません。海外から来られたアドバイザリーカウンシルのメンバーから、定量研は一人当たりのスペースが広すぎると指摘されたのです。マサチューセッツ工科大学などは、まさに三密の状態で、だからこそ、コミュニケーションが生まれ、いい研究が生まれるのだと。だからもっと一人当たりの面積を減らすべきじゃないかと言われました。そう指摘されてから海外の研究所を見学すると、確かに、たいていの研究所では定量研の半分くらいしかスペースがありません。池上 : ここは広すぎるという批判にはどう答えますか。白髭 : その分、人を増やそうかと思います。池上 : なるほど、狭くするのではなく人を増やすことで密度を上げるのですね。業績がないと居場所がなくなるというのでは、ブレークスルーにつながる研究はできません。これもさきほど話しましたが、今、生命科学はいろいろな人が関わって1枚の絵を描くような研究が主流になっているので、業績を上げるまで、ますます時間はかかるようになっています。ですから、10年というのも正しいのかどうか、見直す必要もあるとしばしば感じています。池上 : 研究はしたいけれど、やっとの思いで博士号を取得しても就職できないのではないか。そう思って、学部や修士の段階でさっさと就職してしまう学生も少なくないでしょう。白髭 : そういう学生もいますし、博士号を取得していったんは研究を選んでも、やっぱり金融業界に行きますという人もいます。池上 : 金融業界は理系の人材を欲しいでしょうからね。そのためには研究職の待遇が改善される必要もありそうですが、研究者は好きなことをやっているのだから、そんなに給料が高くなくてもいいだろうというムードもありますね。白髭 : 確かに、研究は道楽だと見なされていた時代もあります。ただ今回、人類の危機にワクチンが開発されたように、世の中のためにやっている側面もあるので、そこを理解してもらうための努力はしなくてはならないと思っています。池上 : そのワクチンも、日本は今、海外から供給を待つ立場になってしまっています。いろいろな面で、日本の存在感がしぼんでいるように感じますが、研究面でも若手が奮起してさすがだなと言われるようにならないといけませんね。白髭 : 新型コロナウイルスの流行は、日本の生命科学にとってプレゼンスを示す数少ない機会でもあったのですが、それを国内でも国外でも示せなかったのは大きなことだと思っています。池上 : だからこそ、次の危機に備えた、ダイバーシティに富んだ基礎研究が大事です。白髭 : 在任中に、若手のインキュベーションセンターのようなものをつくりたいと思っています。問題は資金ですが、地道な努力を続けて、今は誰も見向きもしない、荒れ地を耕す研究を掘り起こしていきます。基礎研究というのは、いいときもあれば悪いときもあります。それでもずっとやっていると、日の目を見ることもある。耕した荒れ地が土壌となり、そこで日々育ったものが、それぞれのタイミングで開花してくれれば、それが本望です。若手が研究し続けられる環境を整備したい白髭 : 今、研究職に就く若手が減っています。私は今、日本分子生物学会の理事長を務めているのですが、学会では30代の会員が著しく減少しています。先日の理事会でそのグラフを見た全員が絶句するくらいの右肩下がりなのです。定量研では、30代、40代の人が取り組んでいる分野が盛り上がっているという印象があるのですが、科学研究から若手が消え去ろうとしている現状を、なんとかしなくてはいけません。池上 : その問題について、定量研としてどんなことができるでしょうか。白髭 : 2年に1度は若手を一人か二人、採用しています。こういったことをしている研究所は非常に少ないと聞いています。定量研は、教授以外はパーマネントではありませんが、任期が10年あります。さきほど荒れ地を耕すという話をしましたが、耕している間は花も咲かなければ果実も得られない、つまり論文を書けないこともあります。ただ、5、6年、

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