Science&Technology Journal 2005年10月号
「ひと」 58pageに掲載
米国科学アカデミーの外国人会員に選出された豊島近東大教授
タンパク質の精巧さに魅せられる
タンパク質の原子構造が分かるにつれて、その構造・機能の精巧さに圧倒され続けているという。「今ではコンピューター上でタンパク質の構造を立体的に眺めることができますが、蛋白質を人間がデザイン出来るとはとても思えない。神の存在を信じたくもなるが、それをつくったのは時間。私の前にある数十億年もの進化の流れに深く打たれるところがあります」。
細胞内外でのカルシウムイオンの輸送を担うカルシウムムポンプの立体構造とそのメカニズムを大型放射光施設「SPring−8」を利用して明らかにした功績が認められた。全米科学アカデミー(NAS)は米国人約二千人、外国人三百六十人のメンバーからなる組織で、ノーベル賞受賞者も百九十人を超える。「(会員の権利として)NASの紀要に自分の論文や他の研究者の論文を載せる権利が与えられます。サイエンスの世界は競争が激しいから、一流の学会誌に確実かつ迅速に発表する機会が保証されることは大きなメリットです」。
カルシウムポンプは膜タンパク質の一つ。筋肉の収縮・弛緩に関係する。筋肉の収縮は筋小胞体と呼ばれる、一種の貯蔵庫に蓄えられたカルシウムイオンが筋細胞中に放出されることによって起きる。カルシウムポンプは、筋細胞に放出されたカルシウムイオンを再び貯蔵庫に戻す役目を担う。ATP(アデノシン三リン酸)をエネルギー源として、細胞の内外で一万倍にもなる濃度勾配に逆らってカルシウムを運搬し、筋肉を元の弛緩した状態に戻す。タンパク質の機能をここまで詳細に立体構造から解明した例は少なく、それが評価につながった。「イオンポンプはカルシウムポンプ以外にもいろいろあり、カルシウムポンプに起きていることが、どれだけ普遍性があるのか追究していきたい」。
新薬開発の七〜八割方が、膜タンパク質をターゲットにしているといわれ、感染症の治療薬や抗がん剤などの開発にも寄与することが期待されている。
もともとは物理の学生で、タンパク質の構造解析を専攻するきっかけの一つが、大学三年の夏休みに、自分の希望する研究室で実験させてもらうプロジェクトに参加、電子顕微鏡で得られた筋肉繊維の立体構造の精巧さに魅了されたことだった。留学先の米スタンフォード大学、英国MRC分子生物学研究所では、化学信号を電気信号に変換するリセプター蛋白質の構造解析に取り組む研究室に在籍し、電子顕微鏡による新たな解析手法の開発に取り組んだ。
主要な研究手法は、X線・電子線による結晶解析で、「蛋白質が対象とはいえ、本質を突き詰めていくと、どうしても物理の話になる」。その一方で「物理や数学が苦手という理由で、生物をやる人が多いので、学生にとってはだんだん敷居が高くなっていて、後継者がそだたない」というのが教育者としての悩み。広い視野を持った人材の育成に情熱を注ぐ。
少年時代から工作が得意で、「高校や大学生の頃得た雑学が新しい技術を開発する際に非常に役立っている」と振り返る。現在の研究に関しても、「何本立てかで技術開発を行いながらゴールを目指すが、そのどれもが役に立ち、正しい答えに収束していく。そういう感覚を味わえたことは、研究者として素晴らしい体験です」と視野の広さと積み重ねの大切さを強調する。
とよしま・ちかし
1954年秋田県出身。1982年東京大学大学院理学系研究科物理学専門課程博士課程修了。理学博士。東京大学助手、米スタンフォード大学研究員、東京工業大学助教授などを経て1996年から東京大学分子細胞生物学研究所教授。