研究内容

 細胞が癌化する仕組みは長い間謎であったが、分子生物学が進歩した結果、癌は遺伝子の病気で癌遺伝子と癌抑制遺伝子に異常が生じることによって発症することが明らかになった。癌抑制遺伝子は、失活すると細胞の癌化を引き起こすように働く遺伝子で、通常は正常細胞の細胞周期、分化、アポトーシスなどの制御に重要な働きをしている。本研究分野では、癌抑制遺伝子産物の機能の解析を中心に、細胞の増殖、分化、発癌の機構を分子レベルで明らかにすることをメインテーマとして研究を進めている。さらに癌抑制遺伝子の中には発生、、形態形成に重要な役割を果たすものもあり、その分子レベルでの機能解析も進められている。一方、癌抑制遺伝子産物の中には神経細胞で発現し、記憶、学習の基礎メカニズムと考えられているシナプス可塑性に重要なNMDA受容体の機能制御、シグナル伝達などと関係していると考えられるものがある。神経細胞での癌抑制遺伝子産物の機能解析を通して高次機能の分子基盤の理解に寄与できる可能性があると考え研究を進めている。

【1】癌抑制遺伝子による細胞周期制御、アポトーシスの分子機構

 家族制大腸ポリポーシスの原因遺伝子として単離されたAPC遺伝子は、sporadicな代腸癌の大部分でも変異を起こしており、腺腫の形成に関与している。遺伝子産物は、β-cateninやDrosophilaの癌抑制遺伝子DLGのヒトホモログの産物と複合体を形成し細胞増殖を制御している。APCによる細胞周期制御機構、その異常による細胞トランスフォーメーションの機構を解析している。

【2】癌抑制遺伝子の発生、形態形成における機能

 Wnt/Winglessシグナル伝達経路は、Drosophila、Xenopusにおいて発生、形態形成に重要な役割を果たしていることが証明され大きな注目を集めている。また、マウスでは中脳をはじめとした脳の形成及び乳癌などの発癌との関連が示されている。APCがWntシグナル伝達経路で機能していることが示唆されているが、我々が新たに見いだしたAPC結合蛋白質、β-catenin結合蛋白質、DLG結合蛋白質のWntシグナル伝達経路における役割を分子生物学的及び分子遺伝学手見に解析し、Wntシグナル伝達経路の解明を試みている。

【3】神経細胞における癌抑制遺伝子産物の機能/NMDA受容体とシナプス可塑性、記憶、学習

 NMDA受容体は、長期増強(LTP)に必須なシナプス後部に局在するイオンチャネルで、記憶・学習に重要であると考えられている。我々はNMDA受容体複合体中にAPC、DLGが含まれることを見いだし、さらにこれらの分子と結合している様々な蛋白質を同定している。これらの蛋白質群の機能解析を通してシナプス可塑性に関わるNMDA受容体の機能制御、情報伝達機構を明らかにすることを目的として研究を進めている(ジーン・ターゲティング法によりこれらの蛋白質をコードする遺伝子を破壊したマウスを用いて、NMDA受容体複合体を構成する蛋白質の神経可塑性における意義を分子生物学的、電気生理学的、あるいは行動学的手法により明らかにするなど)。

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